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2019年2月 2日 (土)

東京国立博物館の「顔真卿~王羲之を超えた名筆」を見た

 書道では、王羲之や顔真卿というと、神様みたいな存在だ。その顔真卿を中心に、王羲之、欧陽詢ら、中国の(世界の)名だたる筆者(書家)の作品を展示している東京国立博物館に行ってきた。

 文字(漢字)は事物や意思の表現・伝達の手段として発達してきた。文字の書き方には隷書、草書、行書、楷書などがあるが、それら全体を通して、顔真卿などの書家がどのように優れた書を書いたのか、素人の目で見て回った。
 展示の売り物は顔真卿の「祭てつ(女編に至)文稿」だが、混む日は行列で30分以上かかるからか、きょうは夕方、列がほぼ解消したにもかかわらず、係員が「立ち止まらないで」を繰り返し言っていた。これまでも、作品をじっと見る時間を与えず、「早く……」と追い立てられたことは何度かある。じっくり見ることができる工夫を求めたい。別の美術館だが、ムンクの絵の展覧会で作品の「叫び」を見たときは、列から離れてじっくり見ることができた。偶然だったのかもしれないが、そんなサービス精神が欲しい。
 ところで、この展示では当たり前かもしれないが、中国語の会話をする若い外国人がかなりいた。漢字自体、中国にルーツがあるから、当然かもしれないが。何事につけ、中国語やそのほかの外国語を話す人たちが日本の国内に増えていることを実感する。
 

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