2018年4月 7日 (土)

中国では国が全国民の顔データを把握しつつある

 7日付け日本経済新聞朝刊一面の連載「データの世紀」は、読んで慄然とした。コンピュータ、カメラなどで構成する顔認証を中国は積極的に利用しようとしている。高速鉄道の北京西駅では、改札時に切符と身分証の提示を求めるが、顔をカメラに近づけ、身分証に登録された顔写真のデータと一致すれば、入場ゲートが開くという。記事では、インドでは生体認証付きのマイナンバー制度が導入されつつあるとも指摘されている。

 日本では、街頭などに据えられた監視カメラが犯罪捜査に役立っている。このため、監視カメラがプライバシーを侵すといった批判はとんと聞かなくなった。だが、「国家が吸い上げる国民のデータは、生活向上という利便性を提供する一方で、監視社会と紙一重だ」、「国家が巧みにデータを集め、コントロールできるようになると、情報は国民を抑え込む手段と化す」という指摘は見逃せない。

 我が国でも、マイナンバー制度の導入が進みつつある。その意義は小さくない。だが、民主主義政治体制が確固たるものでないと、マイナンバー制度がもっぱら国民を監視したり支配したりする道具に化けないとも限らない。

 中国のように、中国共産党が一元支配する国家では、国民に政府や党への批判を許さない。国民に言論の自由は認められていないのである。こうした独裁国家、独裁政権を維持するうえで、国民一人ひとりを監視する仕組みは、支配を確かなものとするので歓迎される。そして、恐ろしいのは、今日の世界では、中国と似た独裁国家があちこちに存在していることだ。情報技術の革新がそれを支えている可能性は少なくない。

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