2019年2月 8日 (金)

小説『魂の刻(とき)』からの連想

 もと新聞記者だった砂原和雄氏の新著『魂の刻(とき)』を読んだ。たまたま、10年前、氏が書いた『炎の森へ』を読んだとき、このブログで取り上げた。日本長期信用銀行破綻の3年ほど前に、陶芸家をめざして同行をやめた人が主人公のストーリーである。会社をやめたあとの高齢者の生き方を示唆していた。私の周囲にも、長銀の破綻で人生が大きく変わった人がいて、その一人は、劇団の経営責任者として今も活躍している。

 そして、10年前を振り返って驚くのは、この10年間に、転職についての会社員の意識が相当に変わったことである。エレクトロニクスなどの先端分野では、世界中の企業との生存競争が激しくなって、大企業であろうと、会社がつぶれることがないとは言えなくなったという認識である。会社第一主義から、自分の力量次第や生き甲斐重視へという変化である。労働時間規制などの改革も、そうしたトレンドに拍車をかけるだろう。
 『魂の刻(とき)』は著者が若い頃、一時住んでいた横浜を舞台にしている。横浜は関東各地のシルク(生糸・絹)の輸出拠点だったこともあり、横浜港に係留している氷川丸も、かつてシルクを欧米に運んでいた。私も半世紀前、横浜に住んでいたことがあり、公社住宅の一階は確かスカーフを織っていたと記憶する。街を歩けば、シルクセンター・シルク博物館があり、横浜はシルクとの関わりを今も残している。
 小説は、そうした歴史と地理を背景に、為替ディーラーの仕事をやめて親族からシルクの仕事を引き継ぐかどうか迷う主人公が、能面を制作する面打ち師の女性に面打ちを教わり、面打ちの魅力にとりつかれる。そして、妖艶な若い女を表す能面づくりに夢中になるが、地震で壊れてしまい、それを境に二人の関係も終わりをとげる。能の知識のない私の紹介では味も素っ気もないだろうが、能の世界の深さを感じさせる。
 それに、著者がやはり十年の歳月を経て、おだやかな恋愛小説を書いたところにしっとりとした滋味を感じたところである。
 10年前に書いたこのブログでは、「高齢者が健康で、意欲的な生活をおくるには、さまざまな条件をクリアせねばならない」と書いた。「その一つは、定年のない仕事に就いている人は別として、(中略)一生続く趣味、楽しみを若い頃から持つことだ。」と書いた。砂原氏はこの道をしっかり歩んできた。しかし、私自身はというと、そうだったとは言えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)