映画「カティンの森」は重かった
映画「灰とダイヤモンド」などで知られるアンジェイ・ワイダ監督が2007年に制作した映画「カティンの森」を試写会で見た。何とも重たいというのが見たあとの率直な気持ちだ。忘れていた重要かつ深刻な問題をこの映画で思い出してしまったような気持ちになった。
第二次世界大戦はナチスドイツがポーランドに電撃的な攻撃を実施した1939年9月1日に始まる。そして、ドイツとソ連とのポーランド分割秘密協定に則って、ソ連が同月17日にポーランドに侵入した。西からと東からの侵略でポーランドという国家は事実上消滅した。
そして、ドイツ民族の優越性を誇るナチスはポーランドに住む多数のユダヤ人を強制収容所に送り込み、ガス室で虐殺した。ソ連は捕虜にしたポーランド軍の将校約1万5千人の多くをカチンの森に運び、銃殺して埋めた。どちらも歴史に残る、残虐きわまりない大量虐殺である。ソ連について言えば、ドイツ軍の捕虜だった多数のソ連兵士が帰還したとき、ドイツのスパイとみなしてシベリアなどの強制収容所に入れた。また、ソ連国内でも、体制にタテをつくとみられた人々を片っぱしから処刑したり、収容所送りとした。人間不信の恐怖政治の体制だった。
第二次世界大戦中の1943年に、カチンの森で数千人の遺体が発見されたが、当時、ドイツとソ連は、お互いに相手国の仕業だと糾弾しあった。ソ連による行為だとはっきりしたのは、ソ連・東欧圏が崩壊した1990年ごろのことである。
第二次大戦が終わったあと、領土を西寄りにずらされ、社会主義国家として再興したポーランドは、ソ連の衛星国となった。このため、ソ連はもとよりポーランド政府も、カチンの大虐殺がソ連の行為だということを認めなかった。
ポーランドは、ヒトラーのナチスとスターリンのソ連とによって国土を蹂躙され、たくさんの国民が残虐非道の殺戮行為で命を断たれた。そればかりか、戦後も、冷戦の続いた半世紀近く、ソ連の東欧支配により、民主主義も、言論の自由、出版の自由なども認められなかったのである。多くの人は生きていくために、権力に屈従せざるをえなかった。
いま、私たちは民主主義を当たり前のように思っているが、自由とか民主主義とかというものは決して当たり前のものではない。それを維持する普段の努力がなければ、いつ奪われてしまうかもしれない。ナチスやスターリン主義が示したように、人間は組織、団体とか集団になると、信じられないほど非道な行為を平然と行なう存在である。その恐ろしさに封印をしたつもりでも、いつ、それが破られるかわからない。映画でそのことを思い起こした。
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