2009年12月23日 (水)

財政破綻の惨劇が来年幕を開ける?

 鳩山政権の2010年度予算案で、子ども手当はマニフェスト通りに実施することになった。支持率が低下してきた鳩山内閣にとっては挽回の材料になるかもしれない。しかし、15歳以下の子供たちや、これから生まれてくる子どもたちは、国債発行残高にみられる日本財政の借金の山を背負わされる宿命にある。まさに、「往きはよいよい、帰りはこわい」である。

 10年度予算では、国債の新規発行は約44兆円にとどめるという藤井財務相の主張に沿ったものになるようだ(小泉内閣が30兆円以下にとどめるという方針を打ち出した頃が懐かしい)。2010年度の税収が今年度(約37兆円)並みなら、国債費約21兆円を差し引くと、残るは約16兆円だけだ。地方交付税交付金は17兆円を超えるから、それを払うとすると若干のマイナスになる。つまり、一般歳出に振り向けるカネはゼロということになる(個人生活に例えれば、給料から住宅ローン返済や親への仕送りをしたら、手元には1円も残らず、生活費はすべて借金に頼るしかないという状態である)。

 ところが、一般歳出(社会保障関係費が約半分を占める)について、政府は約54兆円を計画している。全額をどこかから調達しなければ勘定が合わない。その内訳が国債発行約44兆円と埋蔵金発掘約10兆円ということになる。埋蔵金といっても、特別会計などから余裕資金を召し上げるもので、毎年、召し上げるというわけにはいかない。

 このように、国の財政実態は実質、破綻状態にある。そして、いまやいつ、どんなきっかけで破綻が訪れるかを心配しなければならない。だが、その割に、鳩山連立政権には財政問題に対する危機意識がない。そのことに驚く。消費税引き上げは4年間はやらないと言い、中期的な財政再建目標を急いで設けるという様子もない。

 12月21日付け日本経済新聞朝刊に、平田育夫論説委員長が「日本国債いつ火を噴くか」と題するコラムを書いていた。同氏の将来予想によれば、歳出の半分程度を国債に頼り続ける→日銀が大量の国債購入に踏み切らざるをえなくなる→インフレ懸念などで長期金利が急騰する。「その惨劇の幕が上がるのはズバリ来年」、きっかけは財政運営への不信感だという。

 平田氏は「やはり財政危機を回避するための本道は財政の健全化と、経済成長を促す政策を進めることである」と書いている。しかし、10年度予算案と税制改正大綱には、そのどちらも欠けている。子ども手当など個別問題や小沢民主党幹事長の専横ぶりなどに目を奪われているうちに、事態は深刻さを増している。

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2009年12月 5日 (土)

診療報酬引き上げは安易な発想だ

 全国知事会が医師不足に悩む地域の医療再生のため診療報酬引き上げを求めている。知事会のみならず、診療報酬引き上げをという声があちこちであがっている。しかし、診療報酬の約半分が人件費であるにせよ、1%とか2%とかの引き上げで医師不足が解消するだろうか。

 行政刷新会議のWGは、①病院に比べて高い開業医の診療報酬を引き下げて病院の診療報酬引き上げに充てる、②診療報酬が高い眼科、皮膚科などについて引き下げを行ない、小児科、産科などの診療報酬引き上げに回す、という方向を打ち出している。既得権益を奪われるところの抵抗は強いだろうが、最低限、これらをやりぬくことが政府の役割だろう。国の財政が最悪だから、八方まるくおさまる解決策はとりようがないことをわきまえねばならない。

 開業医はきちんと休日をとり、夜間診療をしないところが多い。一方、病院には患者がのべつまくなしに訪れる。それなのに、診療報酬は、診療所のほうが病院よりも高い。医師個人の収入も、病院の勤務医よりも開業医のほうが多い。労働条件で比較すると、開業医が病院の勤務医よりもはるかに有利である。これが医師不足の背景にある問題点である。

 かつてのように、国の財政が豊かで、保険料引き上げを国民が問題なく受け入れることができる時代なら、病院の診療報酬を診療所のレベルまで引き上げることが可能だが、未曾有の財政危機のもとではそれは考えられない。

 また、診療科目によって診療報酬の単価が異なる。医療過誤リスクなどを考慮しても、開きすぎている。このため、低い診療科の医師をめざす学生が減っているといわれる。したがって、高過ぎる科目の単価を引き下げて、低すぎる診療科の単価引き上げに充てることは妥当だ。

 来年の春闘にあたって、連合は賃上げ要求をしない方針を決めた。デフレで民間労働者はボーナスの削減は当たり前。年収が軒並み前年比マイナスになっている。そうした時期に医師不足対策ということで、もともと高収入を得てうらやましがられている医師がさらに年収アップするという話は、いかにも国民の多くの気持ちを逆なでする。診療報酬単価が据え置かれても、デフレのいま、実質は1~2%のアップに相当する。それらを考慮すれば、開業医から勤務医へ、高い診療科から低い診療科へ、というやりくりこそが合理的な解決だと思う。

 地域医療問題を解決するには、忙がし過ぎる病院の医師の業務を減らすために、看護婦に一部、医療行為を任せる、病院と診療所が連携して医療にあたる、など、さまざまな対策をとる必要がある。診療報酬を上げればことは解決するような幻想は許されない。 

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2009年11月22日 (日)

日銀に国債購入を求める声

 産経新聞の22日付け「日曜経済講座」で、田村秀男編集委員が、国の財政が大変なので、デフレ脱出には日銀の役割がとてつもなく大きいと書いている。

 それによると、脱デフレには財政と金融の一体化しかないが、政府が国債を従来通りの引き受けをあてにして発行すると、市場は消化しきれず、金利の上昇を招く。それが家計やビジネスの負担増につながり、デフレを昂進してしまう。

 したがって、デフレ脱出には日銀が国債を購入するのが望ましいという。ところが、日銀には、国債保有残高の上限を日銀券発行残高以内とするという「内規」がある。そこで、田村氏は日銀に対し、国債の購入が駄目というのなら、せめて国債と同様の政府短期証券(FB)を市中から買い上げ、資金を供給せよと主張している。

 FBは大半がドル買い介入の際に発行したもので、発行残高は6月末現在で119兆円にのぼる。日銀がこのFB100兆円分を市中から買い上げて資金を市中に供給すると、政府は建設国債を余裕で追加発行できるというわけだ。

 事業仕分けなんぞ、やったって知れている、こっちのほうが本筋だというのが田村氏の主張である。

 財政危機の状況は深まる一方で、デフレによる経済萎縮が進む。これを打開し、経済を安定的な成長軌道に乗せるにはどうすべきか。民主党政権はまだそのシナリオを描けていないので、余計、国内景気は不安定になっている。国債マーケットの神経質な価格変動は、それを反映している。田村編集委員の提案には疑問もあるが、いまこそ経済対策をめぐって百家争鳴が必要だと思う。

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2009年11月10日 (火)

国の“借金”が半年で18兆円増えた

 財務省が10日、国債および借入金の9月末現在高を発表した。864兆5226億円で、半年前に比べ18兆256億円増えた。わずか半年で国民1人あたり14万円弱増えた。よくまあ“借金”を膨らましているものだ。自民党・公明党の政府もそうだったが、民主党中心の政府も目下、返済のことをほとんど考えていないようだ。

 発表によると、内国債だけで9月末現在、694兆2982億円。700兆円大台乗せは時間の問題である。

 これだけ“借金”が大きくなると、政権の座にある者は、じたばたしてもしようがないと度胸がすわるのかもしれない。しかし、国民のモラルハザードが心配になる。いくら家計と国家財政は本質的に異なるとはいっても、国の将来が危ういとなると、真面目に働く気持ちも萎えるだろう。国の将来に明るい展望を切り拓いてみせてくれる政治が切望される。

 事業仕分けは財政のサステナビリティ(持続可能性)に大きく関わる。民主党政権ならではの画期的な取り組みだが、それでどこまで膨らんだ予算要求をカットできるか。政治家がやるんだと力み過ぎているため、官僚をうまく使うというやりかたになっていない点が問題である。

 事業仕分けは大きな意味があるが、同時に歳出のすべてにわたる見直しが求められる。国がやるべき業務であっても、ろくに働かない人をやたら抱えているようでは税金の無駄づかいだ。それはおそらくほとんどすべての業務に大なり小なりあるにちがいない。そこを攻めるには、官僚を味方につけ、問題点を彼らから教えてもらうのがよい。各省庁の三役には、肩の力を抜き、衆智を集めて行政の質をよくするように願いたい。

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2009年10月30日 (金)

09年度個人向け国債の発行額を減らした

 財務省が10月30日、09年度国債発行予定額の内訳を変更すると発表。個人向け販売分を当初に計画していた4兆2000億円から半分の2兆1000億円にした。個人投資家が関心を持つ15年変動利付債および10年物価連動債の発行(各3000億円)を取りやめた。

 どうやら、個人投資家があまり国債を買わないということと、インフレ対策に有利な変動利付債・物価連動債は売りたくないということが変更の理由らしい。

 この日の発表資料を読むと、09年度の国債発行予定総額は149兆2044億円のまま変わらないということがわかるが、金額のあまりの大きさにびっくりする。国債というのは国が借金するために発行する債券だが、09年度の1年間に国民1人あたり新たに110万円余、借金するということだ。一方で、国債の元本を返済する償還もあるし、借り換える分も多い。だから、まるまる借金が積み上がるわけではないが、差し引き50兆円ぐらいは純増分になるだろう。国民1人あたり40万円ぐらいになる。将来へのツケ回しだ。

 財務省によると、ことし3月末で普通国債の発行残高は約546兆円。これが従来の見込みでは来年3月末に約592兆円に増える。しかし、税収が落ち込む一方、鳩山内閣はかなり歳出増となる政策をとろうとしているので、来年3月末に600兆円を超えるおそれもある。

 普通国債以外に国は財政投融資特別会計国債や政府短期証券なども発行している。そのほかに借金もある。ということで、従来の見込みでは、来年3月末の国債・借入金残高が924兆円とされている。これも実際には相当に増え、1000兆円間近になるだろう。

 これは将来、国民に払ってもらわねばならないものである。国民1人あたりいくらになるか。皆さん、計算してみてほしい。

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2009年10月23日 (金)

脱財政赤字で、日本よりはるかに真剣なEU

 日本経済新聞によれば、EUのユーロ圏16ヵ国の2008年における財政赤字はGDPの2%だった。また、政府債務残高のGDPに対する割合は69.3%だったという。最近の日本は年間財政赤字がGDPの10%近い。政府債務残高の対GDP比率も170~180%ぐらいに達している。両者を比べると、日本はフロー、ストックとも、ユーロ圏とはかけ離れたひどい財政危機状態にある。一目瞭然、ユーロ圏諸国の財政は日本よりはるかに健全である。

 そのEUが、20日開催された加盟27ヵ国の財務相理事会で、2011年から財政再建に着手するとの原則について合意した。EUの景気が自律的に回復することが条件とされる。そして、21日付けの日経新聞によると、財政赤字が急速に拡大している加盟国は2011年を待たずに財政再建に取り組むこと、また2011年以降、毎年の財政赤字をGDP比で0.5%以上削減することで合意している。

 まだ、EUの経済も金融危機の影響から脱していないが、にもかかわらず、EUが財政を健全化するための出口戦略を2011年から実施するという方針を決めたことに注目したい。

 第一次世界大戦後のドイツで天文学的なインフレが起き、経済・社会が破壊的な混乱に陥った。そうした状況の中からアドルフ・ヒトラーが現われた。EUが財政悪化を恐れる背景には、そうした歴史の記憶があるように思う。

 日本は第二次世界大戦後の激しいインフレで国民生活を苦しめたが、その歴史の教訓は忘れられた。戦後の高度経済成長が終わった頃から、好不況にかかわらず、国債発行による財政ばらまきを続けてきた。このたび与党と野党が入れ替わったが、借金によって財政の大盤振る舞いをする竹馬(たけうま)財政は変わらないようにみえる。

 国債の市場取引価格が大きく下がる(つまり長期金利が大きく上がる)と、財政危機が表面化する。この市場価格(金利)が暴落(金利暴騰)しないうちは財政赤字がいくら大きくなっても大丈夫だというような“他力本願”でいつまでも安泰であるはずはないのである。

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2009年10月21日 (水)

マクロ経済政策の欠如と影が薄い菅副総理

 1週間余、海外に旅行して帰ってきたばかりだが、新聞報道をみると、2010年度国家予算の編成で、相変わらず鳩山内閣のマクロ経済政策が見えない。各省の提出予算を合計すると、一般会計は95兆円になり、その他の要求事項を加えると97兆円ぐらいになるらしい。税収は40兆円を切りそうだから、要するに、財源は二の次、三の次にして、マニフェストに盛った歳出を最優先する大盤振る舞いになるようだ。

 予算編成の前提である、日本経済の成長率はどのぐらいが望ましいか、それを達成するには、政府の予算規模はいくらぐらいが適切かといった話はほとんど国民に伝わってこない。デフレになりつつあるから、景気刺激策が必要という話なら、大型予算を組むのもわからないわけではない。それでも、12日のブログにも書いたことだが、これはあくまで緊急事態だということを国民によく理解してもらうことが絶対に必要である。

 この予算編成の過程で不思議なのは、マクロ経済の視点から予算編成方針を打ち出すべき立場の菅直人副総理・国家戦略担当・経済財政政策特命担当大臣がほとんど何も発言していないことである。菅副総理は単年度予算方式の修正を口にしているものの、2010年度予算の編成に対して、マクロ経済の観点からどうあるべきか、語っていない。予算こそ国家権力の権力たるゆえんであるのに、担当閣僚の存在感が全くうかがえない。彼の手足となるべきスタッフもいまだにそろっていない。

 それはなぜなのか。一つには、菅氏がマクロ経済のみならず経済政策に全くの素人であることがあげられる。何をすべきかが、わかっていないということである。いま一つには、平野官房長官―小沢幹事長のラインで、菅氏を副総理・国家戦略担当だとか、経済財政担当とか、カッコいいネーミングのポストにまつりあげて、官邸に対する菅氏の影響力を弱めようとした結果だと思われる。岡田克也氏を外相にして、国内での影響力を削いだのと同じことである。鳩山政権を安泰にするための民主党内の権力争いがマクロ経済政策の欠如につながっているというわけだ。

 日本郵政のトップ交代で、斎藤次郎元大蔵省事務次官が新社長に決まった。福田内閣当時、民主党の小沢代表が自民党との大連立をはかろうとしたことがあるが、その裏に斎藤氏の暗躍があったといわれる。斎藤氏は細川政権時代に事務次官であり、今日にいたるまで小沢氏に最も近い官僚OBといわれる。日本郵政のトップ人事には、間違いなく小沢氏の意思が働いている。

 鳩山政権は自民党政権ができなかったことを実行しようとしている点で高く評価される。だが、その一方で、この日本をどういう国にしたいと考えているのか、それをどうやって実現するのか、という総論および各論がよくみえない。郵政改革のご破算も、なぜそうするのかがよくわからない。

 経済界や金融市場(マーケット)を安心させる経済政策を打ち出さないと、経済の低迷から抜け出すことは難しいのではなかろうか。

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2009年10月12日 (月)

こうした時こそ、国の財政実態を国民によく知ってもらうべき

 消費者物価の下落が続き、日本経済はデフレに陥っているとの見方が増えてきた。そして、マクロ経済が40兆円(年間)の需給ギャップを抱えていることから、政府に新たな補正予算を求める意見が強まっている。09年度は補正を合わせて102兆円の予算が組まれているが、税収は40兆円を切るかもしれない。もし、民主党政権が現在の補正予算からムダを削ったとしても、新たな補正予算を組めば、差し引きの予算規模、国債新規発行額、ともにもっと膨らむかもしれない。

 景気が悪かろうと良かろうと、国債という“麻薬”を打つ癖がついた日本経済。政府も政治家も、そして企業、国民も、納税額をはるかに上回る歳出(支出)を当然視してきた。「フリーランチはない」という基本をすっかり忘れてしまった。

 このため、国民にも企業にも、また地方公共団体にも、限られた財源の中で歯をくいしばってでも自主自立で頑張ろうという精神が薄れてきている。甘えの気持ちが強く、何かというと、国・政府に依存しようとする。そして、思い通りにならないと、国・政府を批判する。それに対し、国・政府のほうも、カネで解決するのなら、と安易に「借金」を積み重ねてきた。そうした政治の退廃が国・地方の債務残高の対GDP比を世界で突出したレベルにしてしまった。

 この天文学的な財政赤字を引き継いだ民主党中心の新政権は、藤井財務相によると、いずれプライマリーバランスの達成時期と、債務残高の対GDP比を安定化させる時期とを財政再建の目標に掲げることになりそうだが、当面は国・地方の“借金”増大に目をつぶるようにみえる。行政刷新会議を通じてムダ退治を進める一方で、減税したり、子供手当などの新たな歳出を設けたりするので、差し引きすると、やはり自民党政権と同様に巨額の財政赤字を積み上げることになる。それは長い目でみると、財政破綻により近づくことを意味する。

 日本財政の実態は深刻であり、本来、国民が甘えるような余裕はまったくない。民主党が、それにもかかわらず、いまは景気下支えのために財政が出動せざるをえないという認識なら、そのことを国民にきちんと知らせ、理解してもらう必要がある。そうしておけば、将来の増税の必要性をいまから理解してもらうことができるだろうし、実際に増税するときもしやすいだろう。そして、納税額をわきまえず、あれもやってくれ、これもやってくれという国民の甘えに歯止めをかけやすくもなろう。

 いずれ本格的に財政再建に乗り出す時期が来る(?)とすれば、それに備えて、いまから国民一人ひとりに現実の税収と歳出とのギャップがいかに大きいか、をよく知ってもらう必要がある。国民が税や社会保険料の負担増を抜きに、大きな政府を求めれば、財政破綻するのは必至である。政権が交代しようと、財政健全化は至上命題である。

 かねて地方分権が唱えられているが、それは小さな中央政府とし、生活に身近な市町村が権限、財源などを持ち、地域の実情に即した小回りのきく行政に変えることを意味する。そうなると、国に対し、あれもしてくれ、これもしてくれという現在の甘えの構造が変革を迫られる。そうした点からも、国民に財政の危機的実態を理解してもらうことが望ましい。

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2009年10月 3日 (土)

都道府県の債務は80兆円、市町村の債務は53兆円

 総務省が都道府県および市町村の普通会計の08年度決算集計(速報)を2日に発表した。

 都道府県の歳入は48兆0458億円、歳出が47兆3490億円、市町村は歳入が49兆5838億円、歳出が47兆8347億円だった。

 これに対し、地方債および債務負担行為による債務から積立金残高を差し引いた実質的な“借金”残高は都道府県が80兆4932億円、市町村が53兆1644億円だった。前年度に比べ、それぞれマイナス0.1%、マイナス2.8%と減った。

 一方、標準財政規模を100としたとき、地方公社等を含め一般会計等が抱える“借金”がどれだけあるかを示す将来負担比率をみると、都道府県は219.3、市町村は100.9だった。大ざっぱにいうと、都道府県は歳入の2.2倍の借金を抱え、市町村は歳入とほぼ同額の借金を抱えていることになる。

 ただし、市町村のほうは財政危機の深刻なところがいくつもあるなど、都道府県に比べばらつきが大きい。全体の数値だけでは市区町村の持つ問題点がわからないというわけだ。

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2009年9月27日 (日)

格差と再分配、『誰から取り、誰に与えるか』(井堀利宏著)から

 「格差と再分配の政治経済学」という副題の付いた『誰から取り、誰に与えるか』(09年7月刊)を読んだ。財政学の学者で、啓蒙書もたくさん書いている井堀利宏東大大学院教授の新刊本である。ちょっと記述がていねい過ぎてくどく感ずるところもあるが、いまの経済政策を考えるうえでとても参考になる。

 国民1人ひとりや世帯の間には、あるいは地域の間には、所得や資産の多い少ないの差がある。そのため、社会保障などにより所得や資産の再分配が行われているが、現代の日本では、それが十分ではないとして、「格差」という視点からその是正が社会や政治の問題になっている。では、どのような格差が問題なのか、本当に格差が拡大しているのか、どこまで是正すべきか、再分配政策はどこまで有効なのか、コストや弊害はないのか。といった観点から、公平性、効率性の両面を踏まえ、どのような再分配政策が望ましいのかを同書は展開している。

 井堀氏は、再分配の原則として①対象の設定、②期間の設定、③経済的制約の考慮、の3つを挙げている。①については、再分配を受けるべき弱者は誰か、それを特定するのは非常に難しい。また、ある時点で弱者と認定されたとして、その後、ずっと弱者であるとは限らない。再分配を受けるのが既得権化したり、弱者を偽装する者をきちんと排除するのは容易ではないという。

 ②については、「再分配政策の目的は、単に弱者を救済することではない。弱者が自立した経済生活ができるように、スキルを身につけて、自力で経済力がつくのを支援することである」として、期限を設定することを求めている。受給者が安住せず、給付の打ち切りに備えて努力するように仕向けるためである。

 ③は、再分配政策による弊害(コスト)、すなわち、求職のための自助努力を阻害したり、一生懸命働くのをやめて再分配政策に依存するようになったりするというマイナスの影響を考慮して、再分配政策の規模、対象、期間などを決めるべきだとしている。

 また、再分配政策の主要な課題を挙げ、それらの改革の方向を提示している。公的年金制度を個人勘定積立方式や個人勘定賦課方式(自分の子供から給付を受ける)に変えること、地方交付税制度を縮小し、国から住民に直接渡し(個人勘定交付税)、住民から地方税として納める方式に改めること、納税者番号制度や社会保障個人勘定を導入すること、などである。

 このほか、興味深い指摘が随所にある。そのうちの2つを紹介する。「1980年代以降、農業世帯の所得はサラリーマンの所得を上回っている。生活水準で見て現在最も豊かな地域は、北陸3県など地方の農業地域である。他方で、埼玉県や千葉県など首都圏は、劣悪な住宅事情なども考慮すると、全国で最も生活しにくい地域になっている。これは過疎地方の既得権が既成事実化し、税金の使い方に大多数の有権者の民意が反映されていない結果である」。全くその通りである。

 また、親による子供の虐待事件が多い背景の1つとして、井堀氏は、親が子供を育てる明確な経済的動機を失ったことも大きいのではないかと、次のように述べる。親が利己的に行動する場合、昔は、子供をきちんと育てれば、親の仕事を手伝わせたり、親の老後の面倒をみてもらえるという見返りがあった。しかし、家庭と仕事場が離れたことや社会保障制度の充実などで、子供に老後の面倒をみてもらわなくてもすむようになった。その結果、親としては子供をきちんと育てるメリットが乏しくなった、と。うーん、そうかなあ。 

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