2009年12月20日 (日)

コペンハーゲン合意をテークノートするという結論

 10年ぐらい前の、環境に関する政府の審議会でのやりとりを思い出した。座長が「議論していただく時間がもうないので、報告案の取りまとめに入りたい」旨、言い出した。それに対し、ある委員が「地球温暖化のような人類にとって大きな問題について、時間がないから議論を打ち切るというのは何事か」と異議を唱えた。

 コペンハーゲンで開催されていたCOP15は、主要国の首脳が滞在予定を延ばして、何らかの合意を得ようと努力し、主要国の間で「コペンハーゲン・アコード(合意)」をまとめあげた。だが、それを受けた総会では、いくつかの途上国がアコードの受け入れに強硬に反対したため、単にアコードにテークノート(留意する)という結論に終わった。オバマ米大統領はアコードの最終決定に至る以前に帰国の途についたという。鳩山首相もアコードがまとまってすぐに会場を離れた。

 コペンハーゲンで温室効果ガスの排出削減について具体的な数値や期限を含む国際的な取り決めに達することは難しいと予想されていた。したがって、主要国の首脳が、中身が乏しいとはいえ、アコードをまとめたのは一歩前進と評価すべきなのだろうが、オバマ大統領などは総会にも残ってアコードが採択されるように努力してほしかった。地球温暖化は人類の衰亡につながりかねない重要な問題だからだ。

 超大国の1つである米国には、世界を引っ張る意欲がうかがえなかった。米国の凋落を痛感した。まして、もう1つの超大国である中国は自国の利益のことしか頭にないようだった。温暖化が進めば、水位の上昇で中国の沿海部のみならずかなり内陸までもが水面下に沈む。中国は温暖化の影響をこうむりやすい国土なのに、目先の経済発展と物質的な豊かさ追求に重きを置き過ぎている。

 超大国のリーダーシップが弱いのと逆比例するかのように、途上国などの発言力が増している。そのこと自体は結構なことである。しかし、中国から軍事的、経済的な援助を受けている国が多く、それらの国は中国のシンパになっているようだ。そうしたところからも、中国の発言力は強まっている。こうした国際的な状況のもとで、2度以内の気温上昇にとどめるという目標で世界の国々が実効性のある協定を1、2年内に結べるのだろうか。きわめて疑わしい。

 思い切った温暖化抑制対策の義務化はむしろビジネスチャンスだ、というとらえかたが先進国の一部にある。そうした発想をもっと国際的に訴えていく必要があるだろう。日本はそうした視点で諸国を説得するようにしたらどうか。すぐカネを出すという日本外交の悪習はほどほどにして。

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2009年12月14日 (月)

温暖化対策をめぐる意見の大きな開き

 コペンハーゲンにおけるCOP15は、京都議定書の延長という、会議前には予想されてもいなかった方向に行きそうだと報道されている。日本は90年比25%減という、条件付きの削減を無条件でのまされかねないともいう。ここでもまた日本政府のイニシアティブは感じられない。環境大臣らが行ったとはいえ、陣頭に立って交渉をリードするという積極外交ではなかった。まだ各国首脳が顔をそろえる前だが、日本すでに敗れたり、の感が深い。

 13日に東京・飯田橋で開催されたKOSMOSフォーラム「21世紀の新しい環境観」で、野家啓一東北大学大学院教授は「温暖化対策のCOP15のように、人類が共同して何をすべきかを議論するとき、国民国家間の利害が妨げになる。国民国家はそうした問題にとって障害となっている」という趣旨の発言をした。まさに、今回のCOPはそれに当てはまる。

 コペンハーゲン会議で浮き彫りになったのは、米、中という超大国が地球温暖化の進行をなんとでも食い止めなければならないという意識および合意達成への責任を感じていないことである。中国は自らの急速な経済発展を妨げない範囲でできることだけを言い、米国も、資源エネルギーをふんだんに使うライフスタイルを持続するのを前提に可能なことを言っているだけである。両国が世界中の温室効果ガス排出量のおよそ半分を占めているにもかかわらず、自国の温室効果ガス排出を大幅に減らさねばという危機意識を抱いていないのである。

 もしも世界政府が存在するなら、科学者たちの予測にしたがって、総論として、これだけ減らそうという方針は容易に出るだろう。各論の段階で手間取るにせよ、総量がオーバーすれば、温暖化の被害はもろに出てくることが予測されるから、世界政府はきちんとした対策を実行するに違いない。

 現実には、世界政府は望みえない。とすれば、国際世論を盛り上げて、超大国に対し、自制や責任と、とりまとめるリーダーシップとを強く求めていくしかない。科学者たちの予測によれば、ここ数年で大きな方向転換をしないと、将来の人類は温暖化による甚大な被害、災害に苦しむのである。

 13日のフォーラムで、ノンフィクション作家の中野不二男氏は温暖化で海面の水位が数メートル高くなっていた事例として三内丸山の貝塚を紹介した。三内丸山はいま、海から30㌔メートルも離れているが、温暖化していた5千年前は遺跡のすぐ近くまで海岸線がきていた(縄文海進)ことを画像で示した。人工衛星ALOS(陸域観測技術衛星)の画像を地図や標高のデータなどと組み合わせて作成したものという。こうした「みえる化」をどんどん行なって、地球温暖化のもたらす影響を世界の民衆に知ってもらう努力を日本政府は率先して実行したらいい。

 フォーラムでは温暖化対策として、「物を浪費しなくて、自然にやさしくて、楽しく暮らすこと」(住明正東京大学教授)といった意見もあった。私は日本人だから、それには共感する。しかし、世界の人々の考え方や暮らしからはかけ離れた発想だと思う。こうした日本的な考え方と物質的、金銭的な豊かさを限りなく追求する欧米や中国の発想との間にはあまりにも大きな開きがある。その違いをどう埋められるのか、悩ましい問題だ。

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2009年12月 8日 (火)

COP15で日本は攻めの姿勢か守りの姿勢か

 地球温暖化にブレーキをかけるための気候変動枠組条約締約国会議(COP15)がコペンハーゲンで始まった。温室効果ガスの発生量と吸収量の差が大気中に蓄積されると、地球表面が温まって気候の変化が激しくなり、猛烈な風雨、洪水、熱波、干ばつなどが襲うといわれる。それに伴って、多くの動植物が絶滅するという。このため、人類の生存の基盤がゆらぎつつある。

 世界の科学者を総動員したIPCC(政府間パネル)は、温暖化によって何が起きるか、自然や経済社会などが受ける被害の増加を抑えるには大気中の温室効果ガス濃度上昇をどの程度にとどめるべきか、などを研究し、公表してきている。だから、世界各国の指導者たちは、程度の差こそあれ、温暖化を放置すべきではないことを理解している。問題は各論だ。どこの国が基準年に対し、いつまでにどれだけ減らすかである。ないしは増加率をどれだけ低めに抑えるかである。

 半年ぐらい前までは、鉄鋼、セメントなど、二酸化炭素の排出量の多い産業が、セクター別アプローチを唱え、政府の一部もそれを支持していた。鉄鋼なら鉄鋼で、世界の製鉄所のトン当たり排出量を比較して、排出量の多い工場の排出量削減を優先するという考え方である。しかし、コペンハーゲンでは国対国の交渉ごとなので、話題にもならない。

 したがって、中期目標として、どこの国がどれだけ削減ないし伸びの抑制を図るかという国際交渉となる。まだ、ほとんどの国は二酸化炭素の発生量と経済発展とがニヤリー・イコールなので、先進国を除いて、どこも自分たちが出す温室効果ガスの量の増加を抑えたくない。ことに、経済発展のレベルが低い国は完全にそうだ。

 日本の政府に対して望むことは2つある。1つは、日本は1990年比で2020年の排出量をマイナス25%にするという鳩山首相の発言は国際的にも高い評価を受けた。日本がマイナス15%程度と言っていたら、コペンハーゲン会議は全く展望が開けなかっただろう。その意味で、日本は今回の会議で二大排出国の米中を含む世界的な温室効果ガス削減中期目標をつくりあげるためのイニシアティブをとりうる立場だし、とってほしい。言いっぱなしでなく。

 温暖化交渉も外交である。各国とも、自国に有利な結論に持っていくため、外交手腕を振るう。要するに、外交が下手だと、不利な条約などを結ぶように追い込まれる。京都議定書は見方にもよるが、日本が最も割りを食った。今回も、受け身で交渉していると、その二の舞になるおそれがある。EU、米国、中国はまさに日本がえじきになりかねない交渉相手だ。

 2つ目は、鳩山政権はマイナス25%を実現するために日本がどうするか、具体的な方策を早急に詰めてほしい。そして、企業や市民に積極的に実行してもらうよう働きかけるべきだ。それと並行して、地球環境問題の重要性をさまざまな場を通じて国民に理解してもらうことがなにより大事だと思う。デンマークは風力発電や自転車へのシフトなど、明確な方向転換を行なった。日本だって、その気になれば、相当のことはやれる。

 高速道路の無料化などは、温暖化問題の重要性に照らせば撤回するのが当然だ。にもかかわらず、いまだにマニフェストに書いてあるからといって、財政難にもかかわらず撤回しない。

 マイナス25%をぶちあげただけで、国民をそこに結集して実をあげようとする努力が少ないのは驚くべきことである。政治は将来の国のかたちを国民に語ることで、国民を引っ張っていくことができる。しかし、説得力のあるものでなければ、国民はついていかない。

 政権の担い手が自民党から民主党に代わったことで、積年の弊が除去された面が少なくない。国民の多くはそれを評価しているように思われる。しかし、3か月、半年と経つにつれ、国民の民主党を見る目は冷静になっていく。

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2009年11月26日 (木)

富士通副会長の講演から教わったこと

 11月25日に東京で開催された富士通環境経営トップセミナーを聞いた。伊東千秋副会長の講演「持続可能な社会の実現に向けたICTの貢献」には期待していなかったが、中身はよかった。

 伊東氏によると、ことしのダボス会議では、世界金融危機のあとはどうなるのか、という講演が多かったが、あるNPOの代表は「21世紀は意思の時代」と述べて大変な拍手だったという。つまり、どうなるのかを予想して、それに対処しようという発想ではなく、どういう社会にすべきか、という問題の立て方をしようというものだ。

 米国のゴア元副大統領が、いまは経済危機、温暖化の危機、エネルギー安全保障の危機という三位一体の危機に直面していると言った。伊東氏は、国内に石炭のない韓国は、CO2を出せば出すほど貿易収支の赤字が増えるから、持続的発展のため脱エネルギー・石油というグリーン・グロウスをひたすら目指す。インドは1人あたりCO2排出量の少なさで世界一を目指すという。そして日本はエネルギー自給率が4%しかないので、エネルギー安全保障を口にしないと語った。

 一方、鳩山首相は90年比25%減とともに、途上国への資金援助を提案したが、その際、測定可能、報告可能、検証可能な形でのルールづくりを求めた。これはカーボンが通貨になることを意味すると伊東氏は言う。カーボンが通貨になるとすれば、産業構造は全く変わると指摘した。それを踏まえ、富士通として、もっと農業に関わっていくとし、ICTを用いて農業者の暗黙知を形式知にするといった取り組みをすることを表明した。

 また、産油国なのに風力発電に力を入れ、その供給が17%を占めるデンマークでは秒単位で需給がバランスできる火力発電の仕組みができているとし、需要に応じた動的料金で電力消費をできるだけ削減するスマートメーターがあると紹介した。例えば、冷蔵庫に付けると、料金の安い時だけを選んで冷やすという。これは日本の家電メーカーの製品とは違っているから、日本メーカーは新たな対応が求められることを意味しよう。

 同じセミナーで、ダイキン工業の藤本悟CSR・地球環境センター室長が「環境なくして発展なし」という題で講演。動作が時代の潮流に乗るという「ウエーブライダー」から、潮流を作りだす「ウエーブメーカー」に変わったと述べていた。これも、これからの日本および世界を考えるうえで大事な視点だと思った。

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2009年8月28日 (金)

自転車は選挙の時だけ乗るものではない

 国政選挙に限らないが、選挙の立候補者が自転車に乗って選挙民のところを走るのは昔から。おそらく、そうした候補者は選挙のときだけ自転車に乗るのだろう。このように、たまに乗っている分には、自転車は狭い道にも入れるし、便利である。

 しかし、日常、自転車を使っている私にしてみると、東京のあちこちの繁華街とその周辺では、いつもひやひや、はらはらのしっぱなしだ。狭い歩道に自転車がずらーっと停められていて、残された狭い部分を歩行者と自転車が行き交う。極端に狭くなっているところでは、歩行速度がゆっくりの高齢者がいると、うしろに人が並んでしまうこともある。また、先日は、年配の女性が、うしろからさっと追い越した自転車のハンドルにぶつかって痛がっていた。ぶつけたほうは知らん顔で行ってしまった。

 東京都区内など、歩行者および自転車の集中する都市部では、一見すれば、いかに自転車の不法駐輪が歩道の往来を妨げているか、誰にもわかる。しかし、この大量不法駐輪を一掃し、自転車も歩行者も安心して通行しやすい道路に直すという話は聞いたことがない。いまの選挙運動で走り回っている某候補者が「地元の出身で、地元を誰よりも愛しています。医療、介護など困ったことがあれば、何でも言ってきてください。○○はそれを解決します」などと宣伝カーで言いつつ走っていたが、本当に、この自転車の不法駐輪問題を解決してくれるなら、絶対に○○に投票する。

 自転車に乗って選挙運動する候補者も、自動車に乗って走り回る候補者も、自転車それ自体の良さは知っているはずだが、不法駐輪で庶民がどんなに困っているのかがわかっていないとしか思われない。

 極端に聞こえるかもしれないが、自動車道路を狭くしてでも歩道を広げるとか、道路沿いの商店などに駐輪場所の確保を義務付けるとか、あるいはJRなど鉄道の線路の上に駐輪場を設けさせるとかする一方、不法駐輪を厳しく処罰することが必要かもしれない。その関連で自転車の登録制度を導入することも考えられる。

 ところで、ドイツは毎年、徒歩と自転車の利用を促進する「思考を変えて」というキャンペーンを行なっているという。実際には、選ばれた自治体が広告、ラジオのコマーシャルなどを行ない、その費用を連邦政府が環境予算の中から負担するというもののようだ。

 同国では、交通部門から出るCO2は国全体の5分の1を占める。そこで、自動車利用と比べ、近距離は歩くか、自転車を利用したほうが早いことをキャンペーンして、自動車の利用を減らそうとしている。

 このように、自転車の利用は望ましいことだ。そうした観点からすれば、日本においても、自転車利用は本来、歓迎されるべきものである。しかし、現実は上記のように、歩道の交通を困難にし、目の敵にされてしまいがちだ。

 政治はこうした問題にこそ、きちんと答えを出すべきだろう。国政においても、自治体の議会、行政においても。私の家の近くでは、ときどき、自治体のトラックが来て、不法駐輪の自転車やバイクを撤去するが、その数は知れている。そんなことでは、うんかのごとく不法駐輪している現実に対しては何の解決にもならない。 

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2009年6月20日 (土)

世界初の「温暖化ガス時計」がNYに

 地球温暖化を引き起こす温室効果ガスが大気中にどれだけあるか、そして、それが時々刻々どれだけ増えているか。人の目には見えない、この温室効果ガス(ストック)の現在値をデジタルカウンターで表示する掲示板が18日、ニューヨークの街中、33丁目7番街に登場した。

 20mを超す大きな縦長の掲示板には、「Know The Number」(数値を知ろう)と書かれ、CO2に換算した温室効果ガスの現在値が示されている。3兆6421億‥‥トンという数値が読める。いま見ると、1秒間に約800トン増えている。

 設置したのは、ドイツ銀行グループの資産運用会社であるドイチェ・アセット・マネジメント社(DeAM)。人はCO2のような、目に見えない温室効果ガスは意識しない。しかし、数値で見える化することで、気候変動問題に関心を持ってもらい、人々が排出削減に努めるようになってもらいたいというのが目的という。資産運用会社は排出権取引にも関わるので、PRのねらいもあるだろう。

 この世界初の「温暖化ガス時計」のカウンターはネットでも見ることができる。(www.know-the-number.com)

  このブログで紹介したことがある「借金時計」と違い、この「温暖化ガス時計」の絶対値を見ても、一般大衆はその大きさの意味がピンとは来ないだろう。ただ、大気の中の温室効果ガスの量がいかに急速に増大しているか、は実感するのではないか。

 地球温暖化など気候変動の影響を抑えるには、京都議定書のような政府間の取り決めだけでなく、さまざまな主体がそれぞれ自分の知恵と工夫で温暖化防止などの対策に取り組むことが求められている。日本の企業にも、ドイツ銀行グループのように独自の取り組みを行う企業が出てくることが望まれる。日本の政府も企業も、目先の温暖化対策にすら消極的な姿勢を示すようでは、環境立国などと広言するのはおこがましい。

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2009年6月 5日 (金)

『グリーン革命』と日本の中期目標論議

 トーマス・フリードマン著、伏見威蕃訳『グリーン革命』(日本経済新聞出版社)を読んでいたら、日本が2020年を目標に温室効果ガスをどれだけ減らすかの中期目標設定に参考となる記述があった。

 規制とイノベーションの政治学の専門家であるMITのケネス・オイ教授は次のように言っているという。「通常、エネルギー効率と燃費についての厳しい規制がじっさいには自分たちの利益になるということに、企業は気づいていない場合が多い――だから、自分たちの有利になるように政策を変更するような動きをしない」

 GEのジェフリー・イメルト会長兼CEOは、エネルギー関連の公益事業や大企業は大統領が立ち上がって次のようなことを言うのを一番待ち望んでいる、と語ったという。即ち、2025年までに石炭、天然ガス、風力、太陽光、原子力でそれぞれいくら発電することとする、それは何者にも邪魔をさせない、ということをだ。「まあ30日ばかりは文句をいったり泣きを入れたりするだろうが、やがて全エネルギー産業の連中が立ちあがって『ありがとう、大統領。やろうじゃありませんか』というはずだ。そうすれば私たちは大仕事に取りかかれる」とも。

 著者はこう言っている。「自分と子どもたちと近隣住民がどういう取り組みをしていようと、私たちは一つの社会として、それを国や国際社会の取り組みへと移しかえる必要がある。それには、法律、規制、条約によって制度化しなければならない。(中略)自分の家の電球を“換える”よりも、指導者を“変える”ほうがずっと重要である」

 日本がどのような温室効果ガス削減中期目標を打ち出すかが注目されている。経済界はチャレンジを厭い、政治はリーダーシップを欠く。『グリーン革命』は、そうした日本について改めて考え込ませる。

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2009年5月25日 (月)

労組も温室効果ガス削減中期目標で経営側と足並みを揃えるのか

 21日の新聞朝刊で1ページ丸々を費やした意見広告「考えてみませんか? 日本にふさわしい目標を。」にはびっくりした。スポンサーとして、産業別労働組合の名前が日本経団連や産業別団体の名前と一緒に載っていたからだ。

 経済・産業団体59と産別労組7との意見広告に名前を連ねた産別労組は電力、鉄鋼、化学、紙パルプなど、エネルギー集約型の産業に所属するところだ。

 全面意見広告の主張は、日本政府が近く決める中期目標で、2020年時点での温室効果ガス年間排出量を2005年比4%減(1990年比だと4%増)にすべきだというもの。6つの選択肢のうちで、削減幅が最も少ないケース(選択肢①)にあたる。広告では、「国際的公平性」、「国民負担の妥当性」、「実現可能性」が確保されるのはケース①だと言っている。この場合、米・EUの目標と同等の費用負担になると注記している。

 より削減幅を大きくすれば、「日本のGDPの減少、失業率の悪化、また可処分所得の減少や光熱費負担の増大等、社会経済に与える影響、家庭での費用負担も大きくなります」とも表明している。さらに、「現在の日本では、年金、医療、介護、雇用、地域経済等、多くの重要な課題があり、温暖化対策の負担だけが突出するのではなく、バランスのとれた政策が必要です。」と言っている。

 政府による国民の意見調査では、ケース③(2005年比14%減、1990年比だと7%減)が一番多いそうだが、意見広告では、このケース③を選択すると、ケース①に比べ、失業率が0.2%~0.3%上昇する、可処分所得が世帯ごとに年約4万~15万円減る、光熱費が13~20%増えて世帯ごとの負担増が年約2万~3万円になるなどと強調している。

 しかし、ケース①を選ぶのは、すでに、このブログで経団連について指摘したように、あまりに内向きの発想である。それに固執したら、ポスト京都の温暖化対策をぶちこわしにする恐れさえある。気候変動の影響を考えれば、日米欧の先進諸国は大幅な削減目標で合意する必要があるし、中国、インド、ロシアなどに思い切った環境対策を実施してもらうためにも、主要経済国かつ環境先進国の日本としても乾いたタオルをさらにしぼる努力、犠牲を払うことも覚悟すべきだろう。

 もちろん、国益を踏まえることは当然だが、日本経済がガタガタで、政治も混迷状態だから、ここで野心的な目標を掲げて、グリーン革命を先頭に立って実現するぐらいの気概が、いまの日本には必要ではないか。政府は相変わらず、外圧にどう対処するかではなく、世界をどう引っ張っていくか、という姿勢に転換してほしいものである。

 いま、日本はそうした大きな曲がり角にさしかかっている。それなのに、労働組合までもが企業と歩調を合わせて、内向きになっているのは明らかにおかしい。労働者は市民であり、生活者でもある。そして、地球環境保全については、万国の労働者、市民、生活者と共通の利害を持っている。それを認識し、他国の労組とも協議して、日本の労働組合としての独自の見解を打ち出してもよかった。

 企業内組合だから、企業側と歩調を合わせたわけではないかもしれない。しかし、はしなくも、日本の労働運動の歪みが今回の共同意見広告に反映されたようにもみえる。 

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2009年5月13日 (水)

経団連の温室効果ガス中期削減目標についての意見

 ポスト京都議定書の国際的な枠組みと、それに対する日本の中期目標の設定が官民の大きなテーマとなっている。それに関して、日本経団連の意見と、斉藤環境大臣の批判が報じられている。政府の中期目標検討委員会が提案した6つの選択肢について、経団連の御手洗会長が最も温室効果ガスの削減幅が少ない第1案(2005年比4%減、1990年比4%増)を適切だという意見を述べたのに対し、斉藤大臣は「世界の笑いものになる」と批判したからである。

 日本経団連の見解は月刊誌の「経済Trend」5月号に詳しい(ホームページにも掲載)。それを通読すると、「京都議定書で日本は不公平で、不利な排出削減目標を押し付けられた。その轍は踏みたくない。最もエネルギー効率の高い日本が他国から排出権を買わなければならない不公平な目標には反対する」ということを主張しているように思う。そして、経団連は、国ごとに何%削減という目標を設定するというEUの主張とは違うセクター別アプローチの導入を求めている。

 しかし、経団連の主張には疑問を抱く。第1に、このままでは、地球環境問題というか気候変動問題が人類の近い将来に大変な危機を招来することはほぼ確実だという危機感がない。第2に、世界全体として、温室効果ガスの発生量をいつまでに、どのくらいまでに減らさねばならないか、という目標設定意識もうかがえない。

 そして、第3に、世界全体の削減目標を具体的に設定し、それを世界各国にどういう考え方、基準で割り振るか、かつ、その目標を受け入れてもらい、実行してもらうためにどのような対策を用意するか、というグランド・デザインが全くない(セクター別アプローチ自体は意味があるが、全体構想のパーツにとどまる)。経団連がいまなお受身的な、外圧的発想にとらわれているのは残念だ。

 経団連の言うように、日本はエネルギー効率が非常に高い。それなのに、さらに効率を高めようとすれば、コストは飛躍的に上がる。したがって、ほぼ一律の削減率を決めるようなことは日本の競争力を大幅に弱める。だが、日本は省エネ先進国だとして、他国にばかり温暖化対策を求めるのは、現実的に難しい。あえて、多目のハンデを背負って、技術革新などのパイオニアであり続けようという国の生き方もあるのではないか。

 6つの選択肢のうち、第1案は、既存技術や現状の政策の延長線上で効率を改善するというものである。経団連がこれをよしとするのは、日本企業のイノベーション意欲が失われたことを意味するのかもしれない。それならそれで、別の意味で大問題である。御手洗会長は世界同時不況で縮み上がっている経営者を叱咤激励してこそリーダーである。

 この時点で、斉藤環境大臣に批判されるような発言をするのではなく、エコ・カーをはじめとする日本企業の高い技術革新力をもっと評価し、産、学、官の協力でさらにそれを強化するというチャレンジの姿勢を打ち出していいのではないか。  

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2009年5月10日 (日)

温室効果ガス排出の中期目標設定は行政任せではいけない

 2012年までの京都議定書のあと、温室効果ガス削減対策はどうあるべきか。年末のコペンハーゲンの会合に向けて、日本政府は2020年をターゲットにした中期目標設定の作業を行なっている。5月9日に地球環境戦略研究機関が催したセミナー「コペンハーゲンに向けて日本の中期目標はどうあるべきか」を聞きながら、感じたことを以下に。

①先に、政府の「地球温暖化問題に関する懇談会」の「中期目標検討委員会」(福井俊彦座長)が6つのシナリオを報告した。技術、助成策、規制、税制などのいろいろな組み合わせによる積み上げで計算したものである。だが、「どういう目標を立てるかまで外に丸投げした」(末吉竹二郎氏)と評されるように、気候変動という人類が直面している最大の問題に対する国家の積極的な取り組み姿勢が感じられない。これではコペンハーゲンで日本が世界を引っ張っていくどころか、孤立化しかねない。またまたNPOから“化石”と評されるかもしれない。

②温暖化問題はこれからのおよそ10年間に温室効果ガスの排出量をピークアウトさせないと、突発的にどんな異常事態が起きるかわからないという。いかんせん、そうした恐怖感を日本の立法府の政治家は持っていない。政治家は、将来の世代のために、日本をどうするか、という問題意識をを欠いている。したがって、温暖化が進めば、将来の世代に大きなつけを残すのはほぼ確実だが、行政府の立場としては、国民のコンセンサスがない以上、日本の国民・企業に過度の負担を強いる政策はとりにくい。

③日本の企業には、まだ温暖化対策を負担としかとらえないところが多いが、西欧などには、今回の経済金融危機を機に、グリーン・エコノミーをめざそうという企業が相次いでいるようだ。そうした企業は、リスクはチャンスでもあるという複眼的思考に立っていて、国が削減目標の設定やその実現のためのスキームを早く設けることを歓迎しているという。そういう変わり身の早さを日本の企業も得意としていたのになあ‥‥。

④検討委員会がまとめた6つの選択肢は基本的には技術進歩と、それを取り込んだ製品の普及策(設置義務付けや税制優遇・補助金など)がほとんどである。これまでの資源・エネルギー多消費型および経済成長優先の経済・社会・生活構造を基本的に保持するという前提に立っている。しかし、有限の地球資源のもとで、技術革新だけで気候変動のもたらす影響をなくしたり、適応したりすることは難しい。ライフスタイルの抜本的見直しやクルマから自転車へシフト、などが必要ではないか。今回の選択肢では、国民の多くは地球温暖化に対して、正しい理解と対策の重要性を認識しないままに終わるのではないか。

⑤6つの選択肢は経済モデルを使って計算したものだが、そのモデルについて、いくつか問題点があると知った。モデルは過去のトレンドをひきずっている。経済を大きく転換させるべきなのに、新たな政策の導入(例えば炭素税の導入)や内発的技術革新効果がモデルには反映されていない。また、主要な産業の生産量だとかが以前のままに固定されているので、経済金融危機の激変を踏まえた結果にはなっていない。そうした問題点があるにもかかわらず、6つのうちからどれかを国の方針としてコペンハーゲンで表明することになる可能性が高い(民主党政権に替わったら違うかもしれない)。

⑥ETC車なら千円で高速道路走り放題とか、凍結していた道路建設計画を復活したりとか、目下、日本国政府は国債大量発行で大盤振る舞いに狂奔している。いずれにせよ、このままでは、「環境立国」の名がすたる。

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