2017年10月15日 (日)

選挙に興ざめしている人が少なくない

 今度の衆議院議員選挙は盛り上がりに欠ける。小池東京都知事が主導する希望の党の出現で、安倍政権打倒の野党統一戦線結成ができなかったからだ。安倍首相の言動は、まともな政治家とはほど遠い。したがって、安倍首相が引責辞任せざるをえない状況に追い込むことが今度の選挙で求められているにもかかわらずだ。

 民進党の分裂・解体で、反安倍の野党候補者が複数立ち、票が分散すると、当たり前のことだが、自民党有利となる。このため、反安倍意識の選挙民の中には、自民圧勝の予測情報を見て、棄権しようかなという人も少なくないようだ。 

 しかし、安倍政権の継続は、日本の現在および未来の平和と繁栄を確かなものにするうえでマイナスとなるだろう。安倍首相は、北朝鮮の軍事的脅威に対しては、米国の軍事力に一体化して対応しようとしているようにみえる。外交的な手段で対立を解消する努力こそが求められているのに。

 また、内政では、国際的な公約までした財政健全化の目標を引っ込めた。失業率などにみる景気の現況はゆるやかながら改善・向上の一途をたどっている。それにもかかわらず、財政の大盤振る舞いをさらに続け、先進諸国の中で、ずば抜けてひどい国の財政状態をさらに悪化させる方向に向かっている。 このほど開かれた主要20ヵ国・地域財務相・中央銀行総裁会議では、財政健全化の重要性を確認したが、日本は、20年度までの基礎的財政収支黒字化の目標を先送りした。

 原発事故の後始末は難航しており、森友・加計学園問題も解明を忌避しているなど、安倍首相は国民を目くらましするような態度をとっている。まともな民主政治からほど遠い国会運営を続けている。

 野党統一戦線は、そうした状況を打破する起死回生の策だった。それができなかったのは歴史に残る痛手だ。

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2017年10月 5日 (木)

選挙の争点にならない財政再建

 10月22日(日)の衆議院議員選挙では、巨額の国債を発行し続ける国家財政をどうやって建て直すか、が主要な争点にはならないようだ。自民党は二度も延ばした8%から10%への消費税引き上げを三度目の正直で実施するようだが、赤字国債の削減に充てる約束はすっぽかし、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化というこれまで言い続けた公約を引っ込めた。これだけ、公約をいい加減に扱う政治家・政党にはあきれ返るが、見方を変えれば、国民・選挙民はなめられているということだ。

 にわかに舞台の中央に立った小池百合子氏の希望の党。これも、2019年10月の消費税引き上げを凍結するという。その政権構想がはっきりしないため、凍結をどう受け止めるか、難しいが、財政健全化を深刻な事態と受け止めているかどうか、多分に疑わしい。

 このままでは、1000兆円を上回っている国と地方の借金残高を減らすどころか、さらに毎年、何十兆円と赤字国債が積み上がる。その行き着く先が財政破綻であり、経済混乱、天文学的インフレなどと想像しうる。日本の将来を明るいものとするために、社会保障や税制などを含めた国家財政再建計画を構想し、選挙公約として打ち出してほしいものだ。

 ところで、世界的に経済の低成長が続いているが、その打開策は、消費の活性化だと中前忠氏(中前国際経済研究所代表)は指摘する(日本経済新聞10月5日夕刊コラム「十字路」)。「消費が強くなると企業の国内売り上げは増え、賃金の引き上げが可能となり、これがまた消費を強くする好循環を生み出す」という。そして、そのためには消費税の撤廃、貯蓄利回りの引き上げをすべきだとし、財政赤字対策は巨額の資金余剰を生み出している企業への増税で対応すればよい、と述べる。

 中前構想は財政破綻を避ける方策としてユニークである。社会保障などの歳出面に厳しくメスを入れることと組み合わせれば、現実的な財政再建策に結実するのではないか。

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2017年9月28日 (木)

窮鼠猫を噛む?「希望の党」と「民進党」の合流

 いま、日本の政治がおもしろい!!

 野党を舐め、国民を軽視する自民・公明の安倍晋三政権にとって、小池百合子東京都知事が設立した「希望の党」に、前原誠司代表率いる民進党が解党的合流に踏み切った”政界再編”は予想外の展開で、大きな衝撃となっただろう。窮鼠猫を噛むとはこのことではないか。

 安倍政権は国会審議で、昨年あたりから、野党の質問にまともに答えないなど、横柄な態度が目立つようになった。連立を組む公明党はひたすら追従するだけ。自民党の国会議員も、首相の強引な政権運営に口を挟むこともない。

 そうした”安倍独裁政治”に対し、国民の不満や批判が高まっているが、それにまともに応える気配はみられない。少子化対策などの新政策を掲げて、国民の批判をそらすという手法をとっている。国会の基本的な役割である、まつりごとの不正をただす機能が働かなくなっているのである。

 そうした中で、民主主義的な議会政治を取り戻すには、どうすべきか。強い野党の出現である。「希望の党」に民進党が解党的に合流するという発想は、それに答える有力な解の一つである。

 「希望の党」はできたてのほやほやであり、改革保守というが、まだ綱領や政策もないに等しい。また、合流する民進党は、リベラル派もおり、従来、これはといった政策も活動実績もないままに推移してきた。したがって、民進党が割れるかもしれない。そうだとしても、合流後の「希望の党」は日本政治の改革にとって大きな布石となろう。政党らしいまとまりをみせ、活発に活動するまでには、かなりの時間がかかるだろうが。

 「希望の党」が中道保守の路線を行けば、いままでの野党と違って、自民党とまともに勝負する可能性が出てくる。安倍首相率いる現在の政治が十月の投票結果によっては様変わりすることが期待できるだろう。

 ただし、東京都知事の役職に就いたままで、中央の政治を操ることができるのか、政治家、小池氏の勝負のときである。

 

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2017年9月18日 (月)

国益を後回しにして衆院解散をめざす安倍首相

 安倍首相は臨時国会の冒頭にも衆議院解散を行なうかもしれないという。これを受けて、にわかに国政では、解散に向けてあわただしい動きが始まったようだ。

 しかし、相次ぐ国連安保理の議決を無視する北朝鮮の核・ミサイル実験は、米国、中国、ロシア、韓国、日本などを翻弄し、軍事的な緊張が高まっている。そして、北朝鮮が米国と軍事同盟を結ぶ日本に向けて、長距離ミサイル攻撃などを仕掛けてくる可能性はゼロとは言えない。

 したがって、安倍首相は米国との同盟関係を背景に、北朝鮮に圧力を加えることで危機を打開しようとしているが、これまでのところ、その努力が成果を挙げているとはみえない。日本がなすべきことは、北朝鮮との自主的な対話と交渉だが、そうした模索もうかがえない。これでは、北朝鮮の対日攻撃に対する国民の不安は解消しない。

 また、内政に限っても、働き方改革など、さまざまな課題が残されている。それに、任期の途中で衆院を解散し、国政選挙を行なえば、選挙費用が財政の負担増につながる。

 民主主義政治は、政党政治であり、与党、野党が綱領、政策などで国民の支持を競う。そこでは、フェアな態度が求められる。現実は必ずしもその通りにはいかないが、その基本をはずれたら、独裁など、民主政治の正道を踏み外すことになる。

 そうした観点に立てば、安倍政権は、①加計学園などの問題で国民の疑問に答えて政治を正常化するということなく、野党の結束が乱れているうちに、選挙で多数をとり、②それで憲法改定など、自らの主張を実現するために解散する、という筋書きを描いているのだろう。北朝鮮問題は長引くと想定しているようだが、それでは平和や国民の生命を守れるか疑わしい。

 私益を公益に優先させる。安倍晋三という政治家の”正体見たり”だ。こうした政治家に選挙で投票するのはどうかと思う。地元の住民の皆さんにもじっくり考えてもらいたい。

 

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2017年8月17日 (木)

沢田教一写真展の含意

 東京の百貨店で、ベトナム戦争の写真報道でピューリッツアー賞を得た故・沢田教一の写真展が開かれている。受賞の対象となった写真「安全への逃避」は、6年ほど前、ベトナムの戦争博物館で見たことがあるが、今回、写真展で改めて見ると、戦争のむごさと、その中でも人は必死に生きようとする、その対比とともに、人間へのやさしいまなざしを感じた。

 ベトナム戦争といっても、いまの社会の中核である30歳代、40歳代にはピンと来ないだろうが、あの戦争で米国は莫大な戦費を投じ、多くの若者の人生を狂わせた。社会も荒れた。もちろん、攻撃されたベトナムの国民にしてみれば、その被害は甚大だったし、いまも爪痕は残っている。

 それはさておき、いまの時点で振り返れば、米国にとって、あの戦争はどうしても戦わねばならないものだったか。戦争に注ぎ込んだ兵士らの命、国家財政の赤字などなど、もしもベトナム戦争に踏み切らなければ、そして、イラク懲罰の戦いに乗り出さなければ、米国の国力は、いまとは違って、もっともっと強大だったのではないか。

 米国にとって、ベトナム戦争の教訓の1つは、戦争はこりごり、というものだったはず。それが喉元過ぎれば熱さ忘れるのたとえの通り、中東戦争が起きた。そして、いま、北朝鮮がICBMと核兵器で米国に戦争へと挑発しきりである。イラン、トルコ、中国なども核兵器開発、宗教対立、人種問題などで国内外において紛争のタネをまいている。世界的に、武力衝突による戦乱や内乱が多発し、それが増える情勢にある。

 従軍記者が自由に写真報道に活躍できたベトナム戦争の時代は、米国の民主主義、言論の自由などが機能していた。しかし、いまでは、各地の戦乱において、米国のような社会的条件は存在しない。それに、軍事技術の革新(恐ろしいことだ)などで沢田のような従軍写真報道が存在する余地はなくなっているのではないか。

 写真展を見て、そんなあれこれを思った。

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2017年7月28日 (金)

稲田朋美防衛相は知識不足、理解不足だったのでは?

 南スーダン国連平和維持活動の日報が廃棄されたのか、保管されていたのか、それに稲田朋美防衛大臣がどう関わっていたのかなど、稲田大臣に関わる、さまざまな批判が野党などからなされ、同氏は28日の閣議後の記者会見で辞任を表明した。

 細かくニュースをトレースしているわけではないが、問題の本質は、防衛問題という極めて重要かつ専門性の強い分野の担当大臣に必要とされる識見、リーダーシップなどが欠如している人物が当該分野の大臣になっていたことではないか。稲田氏を推した安倍首相の過ちは極めて大きい。北朝鮮がICBMの発射実験を27日に行うと予想されていた、など、安全保障上、非常時を迎えているとき、何をやっているのか、と言わざるをえない。

 日報の有無や開示・非開示の真相追及や国会への報告などについては、大臣がイニシアチブをとるのが当たり前である。しかし、稲田氏は、聞いていない、とか、了承していない、といった国会答弁ばかりで、リーダーシップのかけらもうかがえなかった。これは、省議や幹部との打ち合わせなどで、防衛省の役職員の発言や議論をしっかりと理解はできなかったからではないか。役人同士の会話は専門用語が多く混じるから、防衛分野に詳しい大臣でなければ、チンプンカンプンだったろう。

 大臣は、普通、財政に詳しいとか、産業政策が得意などという議員がいて、そうした得意分野で官庁に太刀打ちできる人材の中から選ばれるのが常識である。この人は将来性があると見込んで、ど素人だが大臣に選ぶという内閣は、国民を愚弄している。安倍内閣は、法務大臣などもそうだが、不適切な閣僚選びを繰り返している。安倍内閣の改造が言われているが、まともな大臣にふさわしい人物がいないなら、民間から選んでもいいし、野党からおいで願うのも結構なことではないか。

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2017年6月19日 (月)

安倍首相の「深く反省している」は国民をばかにしているのでは?

 安倍首相は19日の記者会見で「深く反省している」などと語った。だが、世論調査で支持率が10%ポイント前後下がったため、反省を口にしただけで、国民の不満や怒りにまともにこたえようとしたとは思えなかった。

 国会は国民の代表が集まって、政治のありようを議論し、決めてゆく最高の機関である。したがって、政府・与党は、野党から突き付けられた質問に真摯に答えなければならない。さまざまな行政の決定過程に疑問が突き付けられたとき、閣僚や行政官は、機密などはさておき、野党議員の質問に対し、きちんと真正面から答えなければならない。関係書類を破棄してしまったなどといったごまかしは許されない。

 また、野党の質問に真正面から答えるべき閣僚が、まともに答弁せず、質問に関わりのない発言をしたりしている。安倍首相以下のそうした不誠実な答弁が際立って多かった。官房長官会見も、記者たちの質問に、木で鼻をくくった答えかたが目立った。

 毎日のテレビ報道を見ているだけでも、安倍内閣の傲慢さが感じられた。一般国民の中でも、まともな論争を避けて数で押し切ろうとする安倍内閣に対して、同様な感じを抱いた人がたくさんいたのだろう。

 19日の会見で、安倍首相は反省を口にした。だが、内容は、テロ等準備罪などについて、国会での審議をもっと深めるべきだった、というような視点はなかった。都知事選への影響を抑えようとした口だけの反省に思えた。内閣改造にしても、与党内での論功行賞など、安倍首相への忠誠を確かなものにしたいというものにすぎない。どこまで行っても、安倍”独裁”の政治姿勢に思える。

 

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2017年5月30日 (火)

宰相に求められる謙虚さ、公正性

 宰相であれ、ビッグビジネスのトップであれ、権力者はリーダーシップを発揮する一方で、権力を濫用することなく、公私にわたって謙虚、公正たらんとすべきである。昔から、権力は腐ると言われてきたが、いまの世界を見ると、いくつもの国で、支配者が腐っていると思われるニュースが相次ぐ。日本はどうか。

 日本では、国会における与野党の争点の一つとして森友学園、加計学園をめぐる安倍政権の関わりが報じられている。許認可や資金援助などに関する政府の関係部門の意思決定が安倍首相の意向を忖度したのではないかとか、安倍首相の夫人が名誉校長になっていたなどといった関わり方が指摘されたりしている。

 こうした報道に接するたびに思うのは、日本国の最高権力者となったら、その地位にあるあいだは、親しい友人であっても、個人的な付き合いは避けるべきだという点である。

 権力者には人が寄ってくる。政府(国や地方自治体)というのは、許認可などの権限のかたまりであり、補助金などの歳出(カネ)の出どころである。したがって、最高権力者である総理大臣と個人的な付き合いがある人は、うまい汁を吸っているにちがいないと世間の人たちは思う。したがって、総理大臣となったら、言われるまでもなく、許認可や補助金などが関わる業種・業態の人たちと一緒にゴルフをしたり、首相夫人がそうした関係の小学校の名誉校長などになったりしてはいけないのである。

 それがリーダーである首相がとるべきけじめである。安倍首相や菅官房長官ら自民党の指導層は、こうした基本をわきまえていない。前川前文科省事務次官への個人攻撃などで問題の本質をそらす自民党に、これからの我が国を託すのは不安が一杯だ。

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2017年5月26日 (金)

強権政治:日本国の未来を危ぶむ

 安倍自公政権のやり口を見ていると、議会政治で多数を占めたら、何をしてもいいと思っているのではないか、とさえ感ずる。自民党の内部での派閥争いとか政見の多様性などのように、かつては存在した党の活力の源泉はうかがえない。公明党はもっぱら権力にしがみつくだけの政党になってしまったようにみえる。野党の弱さを背景に、強権政治がまかり通っている。

 森友学園、加計学園の認可などをめぐる疑惑に対し、政府・与党は徹底して”臭いものにはふたをする”態勢をとってきている。獣医学部新設を迫る官邸の最高レベルの指示を示す文書について、前川前文部科学省事務次官が実際に存在したと証言しても、菅官房長官や松野文科相は否定している。そして、証人喚問など国会での真相究明にも応じない。

 石破茂氏が前川証言を前向きに評価しているが、それ以外には、与党から「言論の自由」を示す政治家の発言は出てこない。小選挙区制の弊害が極端に強く出てきたと見ることができる。

 テロ等準備罪の法案が衆議院を通過し、参議院に回った。これも、テロを未然に防止するためとして、警察などが個々人の普段の行動、活動や思想などを監視する「監視社会」に行き着く危険性が極めて大きいのに、自民、公明などの議員は法改正に疑問を抱かない。この国の未来を考えると、まことに恐ろしい事態である。

 この法案が通ると、警察・検察は、テロ根絶のためとして、すべての国民に監視の目を向けることになるのは必定だ。共謀罪に新たな立法は不必要だと専門家は指摘する。もの言えばくちびる寒しという言葉があるが、ユニークな発想をする人、誰もつくったことがないようなものをつくる人など、普通じゃない個性的な人が危険視されるような警察監視国家になっていく可能性が大きい。

 葛野尋之一橋大学大学院教授によると、テロ対策の国際的枠組み(5つのテロ対策国連条約、その他8つの国際条約)を日本はすべて批准し、国内法を整備した。したがって、包括的な共謀罪の創設は不要だという。また、日本政府は当初は共謀罪なしでの批准を目指していたと指摘する。さらに、公権力の不正行使(公職選挙法違反、政治資金規正法違反など)、民間の商業賄賂を含む経済犯罪が法の対象から除外されているという。

 同教授によると、警察は行政活動の一環として市民運動団体などを監視し、情報を収集している。共謀罪はそれを犯罪捜査として行う根拠法となる。そして電話傍受など強制処分も可能になるとしている。

 警察国家ともなれば、人々は委縮し、日本は活力の乏しい国として未来は暗い。そう思う。

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2017年3月11日 (土)

東日本大震災から6年、難題は続く

 6年前の2011年3月11日、東京の自宅(中層住宅の7階)にいて巨大地震に遭った。そして、テレビ報道で、三陸を中心とする被災状況をつぶさに見つめた。空から撮影された、津波が田畑をなめつくす映像などには心底震えた。

 日時が経ち、被害の実態がメディアを通じて詳細に伝えられるにつれ、想像だにしない大規模な被災であることが明らかになった。また、東京電力福島第一原子力発電所が地震と津波で破損し、水素爆発を起こしたり、放射能による大気や水の汚染を引き起こしたりした。

 2万人近い死者・行方不明者。地震・津波によるインフラや生活・経済への打撃。放射能汚染。それらに対し、政府は国民に特別課税をするなど、思い切って国費を注ぎ込んできた。いまだにプレハブ住宅での生活を余儀なくされている被災者もいるが、政府は、地域住民が、海が見えないほどの巨大堤防をつくるなど、公共土木事業に力を入れている。

 ところで、最近、内堀雅雄福島県知事が記者会見で、「光」と「影」というキーワードを使ってFukushimaの今について詳しく語った。避難指示区域が縮小されたこと、除染で外国並みになったこと、農産物モニタリングで安全を確認したこと等々を「光」として挙げた。そして、避難者が約8万人いること、原発のデブリの問題が続いていること、福島産の農産物価格が全国平均より低いこと、観光客が震災前より少ないこと、人口減少が続いていることを「影」として挙げた。

 そして、福島の復興について、「風評」と「風化」が同時に進行していると語った。知事は「いい話をすると、もう問題はなくなったと誤解される。一般のかたに明るい話と暗い話をすると困惑される」と言い、「来て見てもらうと、アンビバレントな状況が理解してもらえる」と語った。

 確かに、知事が言うように、東日本大震災の被災地は3.11以前の状態に戻れていない面がまだまだある。しかし、過去6年間に、日本の経済社会それ自体も変わった。”アベノミクス”でデフレから脱出すると称した安倍政権は、国債発行増による歳出増と日銀による国債大量取得という離れ業をもってしても、デフレ脱出ができていない。増税などをしなければ、財政危機が深刻化し、いずれは財政破綻に追い込まれる可能性が少なくない。

 東電福島原発の廃炉に至る道筋がいまだに技術的にさえも確かでない。我々は、この負の遺産をずっとひきずっていくことになる。そして、自公政権は過去6年間に深刻さが増した財政危機を、国民にしわよせするインフレという安易な方策で切り抜けようとしかねない。北朝鮮の核ミサイル技術の進展などによる安全保障問題を含め、日本の将来は厳しい。

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