2019年2月 2日 (土)

東京国立博物館の「顔真卿~王羲之を超えた名筆」を見た

 書道では、王羲之や顔真卿というと、神様みたいな存在だ。その顔真卿を中心に、王羲之、欧陽詢ら、中国の(世界の)名だたる筆者(書家)の作品を展示している東京国立博物館に行ってきた。

 文字(漢字)は事物や意思の表現・伝達の手段として発達してきた。文字の書き方には隷書、草書、行書、楷書などがあるが、それら全体を通して、顔真卿などの書家がどのように優れた書を書いたのか、素人の目で見て回った。
 展示の売り物は顔真卿の「祭てつ(女編に至)文稿」だが、混む日は行列で30分以上かかるからか、きょうは夕方、列がほぼ解消したにもかかわらず、係員が「立ち止まらないで」を繰り返し言っていた。これまでも、作品をじっと見る時間を与えず、「早く……」と追い立てられたことは何度かある。じっくり見ることができる工夫を求めたい。別の美術館だが、ムンクの絵の展覧会で作品の「叫び」を見たときは、列から離れてじっくり見ることができた。偶然だったのかもしれないが、そんなサービス精神が欲しい。
 ところで、この展示では当たり前かもしれないが、中国語の会話をする若い外国人がかなりいた。漢字自体、中国にルーツがあるから、当然かもしれないが。何事につけ、中国語やそのほかの外国語を話す人たちが日本の国内に増えていることを実感する。
 

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2019年1月25日 (金)

毛里和子氏の新著の「はじめに――中国外交九つの瑕疵」に学ぶ

 現代中国論などの研究者である毛里和子早稲田大学名誉教授が昨年12月に出版した『現代中国外交』(岩波書店)。たまたま手にとって序文を読んだだけだが、それだけで、とても教わるところが多かった。こんな経験は初めてだ。

 「はじめに」の中で、毛里氏は、2017年夏、中国人の研究者である鄧いつ(律の右部分)文がSNSに投稿したつぶやき(毛里氏によれば、「中国外交の瑕疵9項」)を紹介している。
 米国に対する対抗的思考や態度を改めるべし、日本、韓国とは友好政策をとるべし、北朝鮮には制裁を強めるべし、台湾に一つの中国原則を押し付けることなく国際空間を与えるべし、平和主義者、ダライ・ラマのいるうちにチベット問題の過激化を避けるべし、南シナ海を独り占めする考えを改めるべし、……。現代中国の現実と改めるべき問題点が列挙されているように思われる。
 毛里氏は、これら瑕疵9項を本書の通奏低音とでも言えようかと述べている。
 私は、「はじめに」を読んで、鄧氏がこのような見解を対外的に表明できるぐらいの自由が、まだ中国には存在しているのか、という感想を抱いた。

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2018年11月23日 (金)

ゴーン氏の事件で思うこと

 日産自動車の再建に大きな功績のあったカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反の疑いで逮捕された事件。いろいろ思い出したり、考えさせられたりすることがある。

 日産が経営不振でルノーに助けを求めたとき、当時の日産トップは、その理由をこう語っていたーー「再建には、長年、日産で一緒に仕事をしてきた人たちを大量に切る必要がある。しかし、生え抜きばかりの日産の役員や経営幹部は彼らとしがらみがあるため、心情的に踏み切ることができない。そこで、しがらみのない人に経営トップとして来てもらい、合理化を進めてもらう」ーーと。日産がトップとして指名し、ルノーが派遣を認めたゴーン氏は、見事にその役割を果たし、日産を再生した。

 しかし、日産の再建が進み、ルノーとの連携が成功したのはよいが、ゴーン氏が両社(のちに三菱自動車が加わる)およびフランス政府に対しても強い発言力を持つに至り、三社に対するワンマン経営の色彩が強くなった。そして、ゴーン氏の長期政権化に対するチェック体制が不十分なまま、今日に至っている。

 一方、日産のほうがルノーよりも規模・競争力が強くなっている。このため、フランス政府およびルノーは、日産株式の高い保有率を武器に、日産を子会社化しようとする可能性もうかがえる。ゴーン氏逮捕は、日産の生え抜き社員の自立意識が噴き出したからかもしれない。

 ゴーン氏の役員報酬をめぐる金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)は、さまざまな面から注目される。

 ゴーン氏は、自分の能力・経営実績に見合う報酬を得るのは当たり前と思っているらしい。日産のトップとしての報酬は、日本人が日本の企業で手にする報酬とはかけ離れて大きいが、それはグローバルに見れば、当然の金額だと受け止めていたのだろう。ただ、日本国内では、役員報酬が図抜けて多いことは、とかく否定的な目で見られがちなので、公表データでは目立たない数値に押さえておこうということだったのではないか。

 日本企業は21世紀に入ってから、外国人を役員に迎えるようになった。しかし、日本人の社長よりも外国人の常務などのほうが報酬が高いというような、奇妙な現象がみられる。ゴーン氏が高い報酬を手にし、それが黙認されたのも同様な流れである。

 さはさりながら、米欧などで巨大な企業の経営者の報酬がベラボーに高いことをまともだと受け止めることはむずかしい。極端に貧しい国や地域がたくさんあり、そこに富者から救いの手を差し伸べることは絶対に必要である。豊かな人たちから貧しい人たちへ富がシフトし、貧富の格差を縮めることは、世界の豊かな国や住民の義務である。ゴーン氏がカネ、カネ、カネの狭い意識から脱して、新たな使命を目指したら幸いである。

 

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2018年9月15日 (土)

東京・日比谷界隈を歩いて

 ドキュメンタリー映画「タリナイ」の試写会に行った。第二次大戦で日本が世界各地で行なった非人間的な戦争行為が新たに判明したという感想を抱いた。戦争の”記憶”として、伝え残すべきものである。

 マーシャル諸島といっても、いまの日本人はほとんど知らないだろう。そういう自分も同様。太平洋のそんなところにも、昔の日本軍は、対アメリカ戦を想定して軍隊を送っていたのである。そして、武器弾薬も食料も供給が断たれ、派遣された軍隊は多くが餓死したようだ。

 そうして見捨てられ、餓死した兵隊の中に、日記を書いていた兵士がいて、戦後、遺族にその日記が届いた。74歳になった息子は父のいた島に行って、島の人々と交流しつつ、父の弔いをする。ドキュメンタリーは、戦争の記憶が残っているこの島を息子がめぐるさまざまな場面を通じて、旧日本軍が犯した戦争犯罪の実相を明らかにする。

 いまの日本の政治は、太平洋戦争や広島・長崎の原爆投下などを忘れたかのように、憲法改定論議などをしている。いまだに、多くの日本人兵士の遺骨がかつての戦地に残されたままである。沖縄を含め、戦争と平和をめぐる問題は、いまも今日的な課題である。

 夜、試写会を終えて、新橋に向かって歩いていたら、大きなビルの工事現場にさしかかった。現場の蔽いに、明るい表示で「今週の作業予定」とあった。

 それには、予定のほかに「Today’s Work Tomorrow’s Heritage」と書かれ、「子どもたちに誇れる仕事を」と付記されていた。大手建設会社の現場であるが、初めて見た。その心は何か、訊ねてみたいと思った。

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2018年6月10日 (日)

記録映画「ワンダーランド北朝鮮」を試写会で見た

 北朝鮮の核・ミサイルの廃棄をめぐる米国と北朝鮮のトップ会談が12日にシンガポールで開催される。それを間近に控え、北朝鮮の人々の暮らしぶりを写した記録映画「ワンダーランド北朝鮮」(2016年)の試写会があった。

 「これはプロパガンダか?」「それとも現実(リアリティ)か」と配布パンフレットに大きな見出しがあり、「あなたの知らないもう一つの北朝鮮」という見出しもある。韓国出身のチョ・ソンヒョン監督(女性)は韓国籍を放棄し、ドイツのパスポートで北朝鮮に入獄し、取材・撮影をしたという。

 北朝鮮での取材・撮影は検閲がつきっきりだ。それでも、同胞として受け入れられたチョ監督は「最高指導者への特別な感情を抱く普段着の表情の人々と交流し、意外と普通だが、予想外の北朝鮮の素顔を発見していく」(パンフレットより)。

 映画に登場する北朝鮮の人たちの仕事や生活は、日本人の私から見て、あまり違和感を抱くことはない。自然エネルギーを有効に活用する家庭を見ると、いまの日本のエネルギー浪費に気付かされたりする。そして、北朝鮮の人々の暮らしや仕事ぶりが、ちょっと前までの日本と大きくは違わないことに思い至る。

 映像はもっぱらピョンヤンなどの大都市や大きな共同農場に限定されている。貧しくて生活苦にあえぐような地域の映像は見ることができない。それでも、北朝鮮を毛嫌いすることなく、アジアの仲間として受け入れる時期がいずれ来ると心の備えをしておくべきだろう。そんなことを思ったりした。

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2018年6月 9日 (土)

「世界報道写真展」で知る危機の様相

 東京・恵比寿の東京都写真美術館で9日から始まった「世界報道写真展」に行ってきた。混んではいなかったが、若い人たちが多かった。

 ベネズエラで大統領に対する抗議デモに参加していた男が、警察機動隊と衝突した際に、着衣に引火し、激しい炎に包まれた。その写真が会場に入ってすぐのところに展示されていた。赤い炎が男の身体を焼きつくしそうなすさまじい光景である。

 ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャの逃避行、イスラム国をめぐる戦いの跡etc、世界のあちこちで紛争や内戦が起きていることを展示で再認識する。また、ロシアの経済が落ち込んで、300万人もの女性が食うために展示写真のようなセックス・ワーカーになっているという説明もある。。

 世界の主要都市で廃棄物がどのように処理・処分されているかを示す組写真の説明を読むと、世界全体で排出される固形廃棄物は1日あたり350万トン。100年前の10倍に増えているという。そして、2050年までに海洋にただようプラスチック廃棄物は、重量換算で魚の全体を超えるという世界経済フォーラムの予測を引用している。

 また、アマゾン川流域の熱帯雨林の急速な破壊の写真を見ると、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素の巨大な吸収源が消滅の危機に直面していることがわかる。

 南アのミナミシロサイなど、希少な動物を保護・保存する政府などの努力も世界のあちこちで行われていると知る。

 写真展は、「スポーツ」、「自然」などの部もあり、ほほえましい展示写真もある。しかし、世界で起きている深刻な事象をこのように並べられると、私たち人類が直面している課題を再認識し、その解決のために、皆、真剣に努力せねばならない、と思う。

 ところで、写真展での写真の説明は、文字が小さくて、読み取るのに苦労した。どうして、こんなことが……。

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2018年5月31日 (木)

石牟礼道子『魂の秘境から』を読んで

 水俣病で知られる熊本県水俣市に昨年、行ったことがある。不知火海に面し、海の幸、山の幸に恵まれた地域なのに、公害の水俣病に苦しんできたところだ。その水俣が広く知られるようになった一つの要因が石牟礼道子さんの著書『苦海浄土』である。

 石牟礼さんはことしの二月に亡くなったが、四月に『魂の秘境から』が出版された。また、三月には、米本浩二著『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』が出版された。米本さんは新聞記者で、石牟礼さんがどんな人だったかをインタビューを積み重ねて浮き彫りにしようと試みてきた。

 このうち、5月中に読み終えたのが『魂の秘境から』だ。どの文も、水俣の自然環境である海と人々の暮らしなどの今昔を描いていて、巧みな表現に引き込まれる。その中で、特に一カ所だけ、ここに引用したいところがある。「原初の渚」からだ。

 『海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が  連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。

  水俣病の患者さんたちはそのことを身をもって、言葉を尽くして訴えた。だが、「言葉と文字とは、生命を売買する契約のためにある」と言わんばかりの近代企業とは、絶望的にすれ違ったのである。』

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2018年5月27日 (日)

スマホは契約内容も、操作方法も難解

 使っていたスマホの電池が壊れたのか、突然、充電してもその日のうちに、ろくに使わないうちにゼロになる。そこで、これまで操作速度がのろかったこともあり、この際と思い、近所にあるauの営業店に行き、買い替えた。しかし、新規契約したあと、面倒なことが相次ぎ、ろくに使いこなせない。契約した5月12日(土)から1週間もたたないうちに買い替えたことを反省した。後期高齢者にはスマホは無理なのか。

 購入したスマホを家で使おうとしたら、WiFi接続ができない。それで営業店に相談したら、同一機種の新品と交換することはできるとの答え。それで取り換えてもらった。しかし、家で試したら、やはり接続しない。パソコンなどで我が家のWiFi機能は正常に作動している。そこで、改めて営業店に相談したら、使用してきたWiFi用ルーターを新規に電器店で購入したらどうか、という。

 困って、「ニフティまかせて365」のサービスに相談したり、ルーターのメーカーに電話したりした。しかし、参考にはなったが、決定打ではない。何ギガヘルツの機器かなどで違いがあるという。そうこうしているうちに1週間近く経った。そこで、らちがあかないので、auとの解約をも念頭に、区の消費者生活センターに相談した。これに対し、同センターでは、解約といっても、機器の購入は解約の対象にならない、として、auのお客さまセンターに相談するようにと勧める。

 そこで、auのお客さまセンターに電話した。相談は無料である。センターでは、我が家のルーターの裏側をスマホで写真撮影するよう求めた。ニフティに相談したときにも同じことを要求された。しかし、お客さまセンターでは、これをもとにWiFi接続を正常化してくれた。不具合の原因は、想像するに、ルーターの裏側に記されている記号番号を読み違い(Bと8とか)して入力していたのではないか。

 初めの頃、新品のスマホを取り換えてくれたのはよいが、使っていたスマホのアドレス帳を二度にわたって移し替えて、それを「アドレス変更」と一斉メールした結果、相手に二度もメールが行って迷惑をかけた。また、新しいスマホの使い方についてauは何も教えてはくれない。基本的には取扱説明書を読めという話だ。しかし、取扱説明書を読んだからといってすぐわかるわけではない。現実には、試行錯誤で一つずつ必要性が高いものを覚えていくしかない。それも、しばしばauの営業店に通い、長時間待って、少しずつ教えてもらうということだ。

 契約した日にもらった書類は、読んでもよくわからないことばかり。現役の社会人にしても、契約書を理解している人はほとんどいないだろう。免責条項などは、通信業者に有利な内容になっていても、ユーザーは知らないのではないか。ブラックボックス化しているところに問題があるように思う。

 要りもしないサービス2種類への加入を求め、来月になったら解約しに来て、といわれた。まだ、そんな不公正な商売をしていることにあきれる。電波を寡占する不公正競争を政府が容認していることに根源があるのではないか。

 後期高齢者には、スマホは要らない、ガラケーといわれる携帯電話と、アイフォンとがあればよい、とか、ガラケーとパソコンの組み合わせで十分、という声を最近聞いた。パスワードだとか、いろいろ覚えなければならないことに対し、どう対処したらよいか、も含め、新時代を誰もが楽に対応できるノウハウを確立し、社会に広めてほしいものである。

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2018年3月21日 (水)

GDP統計が反映するもの、しないもの

 国全体の経済活動の規模や増減などを表す指標のGDP(国内総生産)。その数字について、「ネットの情報サービスやスマホアプリ」はGDPに反映されていない、と19日の日本経済新聞が指摘している。デジタル化という技術革新がもたらす消費者余剰はGDPの3.2%~3.7%にも及ぶとしている。消費者の利便性が高まっているのに、GDP統計上は豊かさがそれだけ失われていると記事は指摘する。私たちはGDP統計が示すよりも豊かだという記事である。

 GDP統計は折に触れて、批判の対象になるが、記事を読んだあとに、たまたま読み出した本、『3つのゼロの世界』は、GDPに触れて、異なる視点から、その問題点を指摘している。グラミン銀行の創設者で、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が”貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロの新たな経済”という副題をつけている書物である。

 即ち、「GDPは全体を語らず、語ることもできない。お金のやり取りを必要としない活動は、GDPに参入されないからだ。つまり、人間がとても大切にすることの多くが価値がないと見なされるのである。他方で、兵器や人の健康を害したり環境を破壊したりするのに使われるお金はGDPに算入される。苦しみを生じさせるだけで、人類の幸福にはまったく貢献しないにもかかわらずだ」。そう、ユヌス氏は言う。

 そして、「GDPは、資本主義的人間の利己的な活動を正確に測ることはできるかもしれない」と付け加える。

 同書は啓発に富む書物であり、GDPから離れるが、引用したい内容が多々ある。その中から一つだけ紹介する。「人間は仕事を探す者だという考えを捨て、人間は起業家だという新しい考えと置き換える必要がある」、「人間はみな生まれながらの起業家であり、無限の創造力を内に秘めている」。

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2018年2月25日 (日)

沖縄を苦しめる日米地位協定

 沖縄県の渡具知武豊名護市長が毎月の定例記者会見をやめるという。稲嶺進前市長は定例会見を実施してきたが、選挙で敗北した。この市長交代を歓迎して、さっそく、安倍政権は、名護市に対する各種の助成を実施すると露骨な方針転換を示したりしている。

 また、沖縄では、米軍のヘリコプター墜落、小学校の上空の米軍機飛行など、地元民の反発を招くような出来事が頻発している。北朝鮮の核・ミサイル脅威もあって、沖縄の米軍をめぐる日本国内の政治情勢は厳しくなると思われる。

 こうした中、たまたま拾い読みした『日米地位協定  その歴史と現在』(明田川融著)には、安保条約に基づく日米地位協定(前身は日米行政協定)の故事来歴が記されていて、大いに参考になる。

 そもそも、日米地位協定は極東における平和と安全の維持に寄与し、外部からの攻撃に対する日本防衛に寄与するという目的を遂行するのに必要な施設および区域の使用を日本が米国に許すという内容。米軍が使う基地や範囲、名称などは何も定めていない。即ち、米国は日本国内のどこにでも米軍基地を設けることができるということ。いわば白紙委任状のような規定である。

 また、1972年の施政権返還から40数年も経ったのに、沖縄は昼夜わかたぬ軍用機騒音、米兵による犯罪・事件・事故、米側の被疑者拘禁によるままならない身柄引き渡し、軍用燃料や化学物質の投棄による環境破壊などで地域住民を苦しめてきた。国策であっても本土では民意で止めることができるが、沖縄では、国策とあれば日本政府は民意を無視し、押しつぶしてでも粛々と進める。

 それに、安倍政権が集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法を成立させ、自衛隊の活動範囲を地球の裏側にまで広げたことは日本を危険にした。それにもかかわらず米軍への思いやり予算を増やしたりするのはおかしい。そう指摘する。

 本土にいる私たちは沖縄問題に概して疎い。なぜそうなのか、これも本書が教えてくれる。

 

 

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