2017年12月 8日 (金)

中国政府の情報監視、日本企業にも

 半世紀ほど前、日本の中国向け鋼材輸出は、日本の業界が一体となって訪中団を送り、北京で中国政府(五金鉱産公司だったか?)と商談を進めていた。日本側は中国側と何日にもわたって交渉するが、日本側の下打ち合わせをするとき、宿泊しているホテルでは、ラジオの音量を上げたり、水を流したりして、盗聴されないようにした。また、散歩しながら打ち合わせした。

 こんな昔のことを思い出したのは、いまの中国政府が中国と海外を結ぶVPN(仮想私設網)を遮断するようになった(12月8日付け日本経済新聞朝刊)からである。この通信トラブルにまいった日本企業は、国際専用線に切り替えたりしているが、専用線といえども、中国の通信会社が介在しているため、通信傍受や情報の抜き取りが可能だという。

 この記事の末尾には、「打ち合わせ場所で落ち合ったら一カ所にとどまらず、歩きながら会話する。今はこれが一番安全だ」と書かれている。半世紀前に大手鉄鋼メーカーの輸出担当役員が語った苦労話と符節が一致する。

 「中国ネット遮断 日本企業にも」、「VPN規制 業務に支障」、「専用線に誘導迫る監視」という見出しは、日本の企業の対中ビジネスに関して、撤退するか、中国政府の情報監視を甘受するか、という厳しい選択を迫られている実態を明らかにした。容易ならざる事態である。企業は無論のこと、日本政府も、この事態を深刻に受け止める必要がある。

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2017年11月30日 (木)

政府も企業も自由闊達さが失われているのでは

 国会の審議は、野党の”攻め”が迫力を欠いている。野党の質問は森友・加計問題にかなりの比重がかかっているが、安倍首相や霞が関の官僚はのらりくらりと言い抜けし、野党から、それ以上の追及はない。世論調査では、もり・かけ問題にたいする安倍政権の言い逃れに対して国民の批判が強い。その点を野党が生かして、鋭く切り込むことができないのはなぜか、そのことを野党各党は反省する必要がある。

 これに関連して、霞が関の官僚たちが”もの言えば唇寒し”の状態になっているという指摘を聞く。中央官庁の上級官僚や、総理大臣秘書官など、霞が関の中枢にある人たちが、閣僚などトップの身を護るため、本当は陳情を受けたりしたのに、「会っていない」とか「記憶にない」などと言う、あるいは、記録しておかねばならないのに公文書として残しておかない、などということが起きている。自分自身の保身や出世のため、ウソをつく、あるいは、公正さを欠くようなことをする、そんな今の霞が関の実態を憂うるOBたちもいる。

 神戸製鋼所、日産自動車、三菱マテリアル、東レなどが品質、性能などで問題があると思わせるビジネス慣行をとっていたことが明らかになった。日本のものづくりの質的な高さに疑問を抱かせる話である。こんなことがどうして?と思うが、どうも、会社組織が硬直的で、下から上に自由闊達にものが言えない経営だからではないかと想像する。

 もともと、日本の企業経営は、下が上をかつぐ神輿型だったが、21世紀になってからは、国際競争が激しくなり、経営トップが引っ張る形になってきた。その結果、会社組織の中で、上が下に命令する一方的な経営が当たり前になり、下が上に物申すことが難しくなってきているのではないか。

 霞が関では、下の者が上に自由闊達に提案、批判などがしにくくなっているようだ。まして、安倍首相や菅官房長官に対しては、そうだといわれる。企業社会で起きている問題が行政においても同時並行的に生じている。日本では、組織内で自由にものが言えないという硬直的なひずみが広がって、闊達さが失われていきつつあるのだろう。

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2017年8月29日 (火)

中国の腐敗はどこまで? 遠藤誉氏の説に学ぶ

 北朝鮮の軍事行動の報道の陰に隠れているが、中国の第19回中国共産党大会が近付いている。中国の権力抗争に詳しい遠藤誉氏(東京福祉大学国際交流センター長)はネットで「中国の腐敗はどこまでいくのか? 腐敗を取り締まる中紀委の財政トップが取り調べを受ける」と題して、中国の腐敗の実態と言論弾圧の背景を明快に指摘している。

 2017年前半に、20万人が中国共産党の規律検査委員会で取り調べ、立件されたという。また、第18回党大会以降、ことし1月9日までに立件され、行政処分にいたったのは119.9万人だったという。高級幹部の規律検査処分は223人だったという。汚職などの腐敗は、それを取り締まる立場の規律検査委員会の幹部にまで及んでおり、「腐敗の深さと広さは、とどまるところを知らない」というわけだ。

 胡錦濤時代、指導部に、腐敗の総本山である江沢民の派閥がいたので、反腐敗運動は多数決で否決され、実行できなかった、と遠藤氏は指摘する。そこで、胡錦濤は習近平に全権を渡し、習が思い切り反腐敗運動ができるようにした。腐敗は底なしで、腐敗問題を解決しなければ、党が滅び、国が滅ぶという危機意識からだという。

 習が人民に人気のある毛沢東の真似をして、自らを「第二の毛沢東」に位置づけようとするのも、一党支配体制を腐敗で消滅させないようにするという危機意識にもとづくと説明する。また、日中戦争で毛沢東が勇猛果敢に戦ったという「神話」をつくりあげ、その嘘をつき通すだろうという。それを否定するような言論は絶対に許さない。腐敗と言論弾圧という二つの軸を正視しないかぎり習政権の真相は見えないと遠藤氏は言う。

 日本の主要メディアの論調とは異なる遠藤氏の指摘は、とても参考になる。

 

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2017年7月13日 (木)

高校野球大会では暑さで倒れる選手がどのくらいいるのか

 恒例の夏の甲子園野球大会。それをめざして日本中の高校野球部員が都道府県各地で行われている予選で熱い闘いをしている。しかし、地球温暖化を背景として、夏の気温は上がる傾向にある。猛暑日とか熱中症とかいう言葉が日常使われるようになっているのだから、夏の高校野球についても、猛暑で倒れる生徒が相次ぐようなことにならないよう希望する。

 12日に東京都内で開催された東地区大会の予選ゲームを見に行った。そうしたら、7回だったか、先発ピッチャーが投球したあと、マウンドに倒れた。しばらく起き上がれない状態だった。また、同じチームの2塁ランナーがセンター方向へのヒットを見て3塁へ走りだしたが、途中で前のめりに倒れた。5秒ぐらいしてから起き上がり、ゆっくり3塁にたどりついた。 また、野手がボールをさばくとき、足が軽くつったように見えるケースもあった。

 上記のピッチャーは9回には交代した。それで相手チームにバント戦術などで攻勢をかけられ、逆転負けした。選手の層が薄いからだったとも言えようが、普通だったらなかなか見かけない光景である。

 こうした観戦から言えるのは、第一に、暑さで倒れるようなやわではだめ、もっと鍛えねばならない、そして、選手層を厚くすること、という考え方である。ウインブルドン・テニス大会では、暑さと長時間の試合に耐える体力、気力が求められている。それでも、温暖化のトレンドを考慮する必要があるのではないかと個人的に思う。

 第二に、高校野球はプロではない。試合中に暑さで倒れたりするのは、鍛え方が足りないという見方もできなくはないが、プロ野球で夜間ゲームが多いように、高校野球大会も夜間ゲームにシフトできるなら、そうしたほうがいい。ないしは、くそ暑い時期の大会を止めるか、他シーズンに移すことが考えられる。

 日本では、人柱が立たないと改革が難しいと言われる。主催者の朝日新聞は、予選から甲子園の決勝戦までに、どれだけ、暑さで倒れたりした選手がいるか、全国集計をしてほしい。電通の若い女性社員が長時間労働で自殺した事件により、電通は無論のこと、経済界で働き方改革が急速に進みそうな気配だ。高校野球大会では、それと同じ轍を踏まないようにと望む。

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2017年7月 8日 (土)

鯨の生息数が増えると寄生虫のアニサキスが増えるとか

 魚の刺身を食べて食中毒になる原因にアニサキスがあるという。個人的な体験だが、生魚を調理していると、白いひも状の虫に出くわすことがあった。おそらく、それがアニサキスなのだろう。6日付けの日本経済新聞の「マーケット商品」のページに、アニサキスによる食中毒に対する不安から、鮮魚店がイワシ、カツオなどの刺身販売を中止したりし、築地市場などにおける卸値が顕著に下がったことが書かれていた。

 アニサキスは魚を刺身で食べると、人の胃壁や腸壁に入り、食中毒を起こすことがある。加熱や冷凍すれば死滅する。この生で食べたために食中毒になった被害者が近年、増えている背景には、鯨の増加があるという。

 即ち、アニサキスは鯨やイルカなど海産哺乳類の胃の中で成長し、産卵する。それが鯨などの糞と一緒に放出されると、オキアミを経由してアジ、イワシなどの魚が取り込む。そこで幼虫になる。かくして、鯨が増えると、アニサキスも増えるという説明だ。

 捕鯨をめぐっては、日本のような捕鯨国は国際的に孤立し、したがって、全世界における鯨の生息数は増え続けている。そうした捕鯨の制限がアニサキスの増加、そして生魚の食中毒増につながっているとは、自然の営みの不思議なことよ。

 今週の九州地方における、何日にもわたる猛烈な降雨と災害。その原因を突き詰めると、自然の営みの複雑・精妙さに突き当たるような気がするが、進行しつつある地球温暖化とも深く関わっているように思える。被災地の復旧や支援を急ぐとともに、自然災害をもたらす因果関係の科学的な究明も欠かせない。

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2017年6月27日 (火)

藤井聡太くんが提起した問題

 将棋の藤井聡太四段(14歳)がプロとなって29連勝を達成し、日本中が沸いている。共謀罪、森友学園、加計学園などで安倍内閣に対する国民の不信が強まり、また、北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まったりしたあとだけに、穏やかで、親しみを持てる天才中学生の出現は明るい話題として歓迎されている。

 ここで、藤井くんを取り上げたのは、将棋のことではない。数学を得意としているのに、学校から宿題を出され、「どうして宿題をやらなければならないのか?」と、彼がクレームをつけたという話についてだ。

 藤井くんにしてみれば、学校で教わって、もうわかったことについて、家で宿題をやるのは時間の浪費である。それこそ、時間があれば将棋の勉強をしたいだろう。だが、学校は、授業でわからなかった生徒にも、わかった生徒にも、画一的に宿題を課す。

 しかし、それでは、伸びる子をどんどん伸ばすという理想に反する。むずかしいことだが、学校教育においても、生徒一人ひとりの個性、理解力の程度に応じて、教え方に差異があっていいのではないか。

 いまでも、生徒たちは集団の中で目立たぬよう、何かにつけて、皆と同じであろうとし、自分の個性を前面に押し出すようなことは避ける。しかし、それでは、個性を打ち出し、自分を主張する外国の人たちに負けてしまう。

 いま、塾に通っている小中学校生は相当な数にのぼる。そこでは、個々の生徒の学力レベルに応じて教えている。スマホなどの発達は、そうした個別学習に拍車をかけるだろう。義務教育においても、生徒それぞれの理解力に応じた個人別学習法を生み出し、授業に取り入れることが望ましい。藤井四段の快進撃は、そんな問題も提起している。

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2017年5月11日 (木)

財政審財政制度分科会の資料を読もう

 10日に財政制度等審議会の財政制度分科会(会長=榊原定征経団連会長)が開催された。議論の内容は明らかにされていないが、資料は公開された。ネットで読むことができる。今回は文教、地方財政、社会資本整備の3つの分野が議論され、資料は、わかりやすいものもあれば、予備知識が相当ないと理解できないものもある。

 というわけで、難しいデータは抜きにして、わかりやすい資料を紹介する。まず、高等教育の効果は、費用253万円に対し、便益が608万円という。生涯賃金は高卒男子2億6百万円、大卒男子2億66百万円という。

 どの教育段階に財政支出を振り向けるのが、高い費用対効果が得られるのか、などコスト・ベネフィット分析を行い、そのうえで優先順位をつける必要があるのではないか、と言っている。

 地方財政では、長期債務残高が過去10年程度のあいだに国は330兆円増加したのに対し、地方公共団体は横ばい。地方財政は財政調整基金、減債基金などの基金残高が2005年度末の13.1兆円から、10年後の2015年度末の21.0兆円(2015年度末)に増えた。国がピーピーしているのに、地方公共団体のほうがゆとりがあるのは多少なりとも是正が必要かもしれない。

 社会資本整備については、OECD対日経済審査報告書2017年版において「地方公共団体は人口減少を踏まえ、住民の福祉に適切に配慮しつつ維持管理費を抑制する観点から、どのインフラを使用し続けるかについて注意深く決定する必要がある」と指摘された、などの記述もある。

 下水道事業は水道に比べ、財政の補助率が高い。新設ー更新にかかる費用はほぼ建設国債や地方債で賄っている。しかし、最近出版された『生活排水処理改革』が指摘するように、人口減少、設備老朽化、財源不足などに悩む市町村の中に、下水道をやめ、コストの安い合併浄化槽に切り替えるところが出てきている。同書はその背景をくわしく述べている。財政制度分科会においても、合併浄化槽を正面から取り上げていいのではないか。

 財政審の資料には、財務省に引き付けた記述やデータもあるが、日本国の財政が直面している問題点を知ることができる。できれば、もっとわかりやすい説明をして、国民が理解しやすいものにしてくれるといい。

 

 

 

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2017年5月 4日 (木)

毎日新聞のコラム「幸せの学び」に学ぶ

 5月3日は30年前、朝日新聞阪神支局に覆面の男が押し入り、散弾銃で記者を死傷させた日でもある。言論を暴力で抑圧しようとした憎むべき犯罪として記憶される。3日付け毎日新聞のコラム「幸せの学び」は、この事件当時、同支局員だった女性記者、伊藤景子氏が2011年に退社し、昨年11月、財政危機に直面している守口市の住民として、市民目線の「守口市民 財政白書」を発表したことを紹介している。

 伊藤氏は、郷里であり、かつ住む守口市が北海道夕張市に次ぐ財政破綻に追い込まれるのではないかといった報道を受けて、勉強会を組織した。そして、守口市当局の財政規律がゆるんでいたこと、また情報開示が十分でなく、市民もお任せで無関心だったことなどを「白書」で指摘したという。守口市といえば、三洋電機の工場があったところで、企業城下町的な気分が残っていたのだろうか。

  地方財政も、国と同様、放漫財政の名残りが色濃く残っている。地域住民の監視の目もないに等しいから、財政規律が締まらない。そうした中で、守口市の住民が市民の目でとらえた財政白書をまとめあげたのはパイオニア的な意義がある。ほかの地方公共団体でも、こうした試みが行われることを期待したい。

 このコラム「幸せの学び」のバックナンバーを見ると、昨年12月21日付け「国際援助と憲法前文」で、フォトジャーナリスト、勝俣誠氏がセネガルのダカール大学で講演したときの話を取り上げている。同氏は講演で、日本がアフリカまで行って援助している理由を憲法に求めた。即ち、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と。聴いたアフリカの人たちは日本国憲法のすばらしさに感激したらしい。

 なるほど、勝俣氏に言われてみると、世界中の人たちが皆、恐怖と欠乏を免れ、平和に暮らせる権利があるとうたい、それを実現するため、頑張っている日本人がいるというのはすごいことではないか。安倍首相は自らが遵守すべき日本国憲法を、軍隊を持ち、交戦できる条文に改めようとしている。そのギャップの大きさに驚く。

 「幸せの学び」の筆者は城島徹氏。2月15日付けの「新聞は総合栄養食」にも感心した。新聞を読まず、もっぱらスマホで社会の出来事を知る人が増えている。そうした人に対し、新聞は”総合栄養食”である、幅広い情報との予期せぬ出会いがある、と言って、新聞を読むことを若者に薦めているという。ネットに押され、新聞は斜陽化しているので、読者を増やそうという営業政策上の配慮もあるだろうが、新聞の社会的意義を巧みに表現しているように思う。

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2017年2月 7日 (火)

山崎種二氏は美術館で名を残す

 2月初に東京・恵比寿にある山種美術館に行った。「日本画の教科書 京都編――栖鳳、松園から竹喬、平八郎へ――」を観るためだ。入ってすぐのところに竹内栖鳳の「班猫」があり、さらに村上華岳の「裸婦図」と、重要文化財が2点もあった。展示された50数点の日本画は、昭和の50年代までのおおよそ100年間に描かれたものだった。

 じっくり観て回ったが、絵画の世界に疎い素人から見ても、感動する作品がたくさんあった。2月半ばに始まる「日本画の教科書 東京編――大観、春草から土牛、魁夷へ――」が楽しみだ。

 ところで、この山種美術館は、確か、開館当初は、東京・日本橋茅場町の山種証券新本社ビルの地階にあった。そこで開館してから50年経ったので、50周年記念特別展として今回の展示を行なっているわけだ。

 私の記憶に強く残っているのは、この新本社ビルに移る前、同じ茅場町のビルに山種証券本社があり、山崎種二会長に会いに行ったときのことである。50年以上も前のことである。穏やかな話っぷりで、往年、米相場などで鳴らした相場師という印象は受けなかった。同じフロアに茶室がしつらえてあり、温厚な人柄という印象とよく合っていた。

 少し脱線するが、2年ぐらいあと、出光興産の店主の出光佐三氏に会ったときも、やはり、茶室があった。

 そして脱線ついでだが、山崎種二氏も、出光佐三氏も、美術品の収集に力を入れ、それらを展示する美術館がそれぞれつくられた。茶室と美術館の不思議な取り合わせだ。

 山崎種二氏の山種証券は、証券不況・再編成の嵐に遭い、現在、三井住友フィナンシャルグループのSMBCフレンド証券になっている。山種の名前は証券界から消えた。また、自主独立路線を歩んできた出光興産は、国内の石油精製販売事業再編の嵐の中、外資系の昭和シェル石油との合併をめざし、創業家と対立している。合併後の新しい社名に出光の名前が残るか、が注目点の1つだ。

 社名に創業者などの名前が残ることは、ビジネスの世界では、ますます難しくなるのだろう。代わって、社会貢献の形で名前を残す人が増えるのかもしれない。

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2017年1月19日 (木)

不穏な2017年の幕開け

 米国のトランプ次期大統領の就任式が20日に迫った。米国のビッグスリーや化学、商業などの巨大企業が彼のツイッター攻撃に屈するかのように、米国内での投資や雇用を拡大するなどと発表している。米国の巨大企業がいとも簡単に経営方針を変更するのには正直、驚いた。どうしてなのか。

 企業の多くが共和党に親近感を抱いているせいもあるかもしれない。が、それよりも、世界を股にかける米多国籍企業といえども、戦時下のように、統制経済に類した国家権力の行使をふりかざしてくる新政府には異を唱えにくいということだろうか。

 あるいは、米国の貧富の格差や失業問題などで、米国内で富の偏在が行き過ぎたという反省がビッグビジネスの経営者にも広がったのか。

 中国は共産党による独裁国家であり、企業は党・政府の指示には従わざるをえない。これと似て、トランプ新政権も、国家権力による企業コントロールに踏み出したのだろうか。

 太平洋を挟んで、米国と中国とが似た経済体制で競い合うことになるのか。

 間に立つ日本の安倍政権はといえば、経済界に対し、企業の内部留保を賃上げに回すよう経営側に求めたり、長時間労働を減らすとか、女性の活躍の場を広げるよう働き方改革を主唱している。

 今年はどうやら、世界のあちこちで、経済や政治・外交の面で、従来の路線の行き詰まりとその打開をめぐって、多様な動きがみられそうな気がする。不穏な動きも。

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