2018年6月10日 (日)

記録映画「ワンダーランド北朝鮮」を試写会で見た

 北朝鮮の核・ミサイルの廃棄をめぐる米国と北朝鮮のトップ会談が12日にシンガポールで開催される。それを間近に控え、北朝鮮の人々の暮らしぶりを写した記録映画「ワンダーランド北朝鮮」(2016年)の試写会があった。

 「これはプロパガンダか?」「それとも現実(リアリティ)か」と配布パンフレットに大きな見出しがあり、「あなたの知らないもう一つの北朝鮮」という見出しもある。韓国出身のチョ・ソンヒョン監督(女性)は韓国籍を放棄し、ドイツのパスポートで北朝鮮に入獄し、取材・撮影をしたという。

 北朝鮮での取材・撮影は検閲がつきっきりだ。それでも、同胞として受け入れられたチョ監督は「最高指導者への特別な感情を抱く普段着の表情の人々と交流し、意外と普通だが、予想外の北朝鮮の素顔を発見していく」(パンフレットより)。

 映画に登場する北朝鮮の人たちの仕事や生活は、日本人の私から見て、あまり違和感を抱くことはない。自然エネルギーを有効に活用する家庭を見ると、いまの日本のエネルギー浪費に気付かされたりする。そして、北朝鮮の人々の暮らしや仕事ぶりが、ちょっと前までの日本と大きくは違わないことに思い至る。

 映像はもっぱらピョンヤンなどの大都市や大きな共同農場に限定されている。貧しくて生活苦にあえぐような地域の映像は見ることができない。それでも、北朝鮮を毛嫌いすることなく、アジアの仲間として受け入れる時期がいずれ来ると心の備えをしておくべきだろう。そんなことを思ったりした。

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2018年6月 9日 (土)

「世界報道写真展」で知る危機の様相

 東京・恵比寿の東京都写真美術館で9日から始まった「世界報道写真展」に行ってきた。混んではいなかったが、若い人たちが多かった。

 ベネズエラで大統領に対する抗議デモに参加していた男が、警察機動隊と衝突した際に、着衣に引火し、激しい炎に包まれた。その写真が会場に入ってすぐのところに展示されていた。赤い炎が男の身体を焼きつくしそうなすさまじい光景である。

 ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャの逃避行、イスラム国をめぐる戦いの跡etc、世界のあちこちで紛争や内戦が起きていることを展示で再認識する。また、ロシアの経済が落ち込んで、300万人もの女性が食うために展示写真のようなセックス・ワーカーになっているという説明もある。。

 世界の主要都市で廃棄物がどのように処理・処分されているかを示す組写真の説明を読むと、世界全体で排出される固形廃棄物は1日あたり350万トン。100年前の10倍に増えているという。そして、2050年までに海洋にただようプラスチック廃棄物は、重量換算で魚の全体を超えるという世界経済フォーラムの予測を引用している。

 また、アマゾン川流域の熱帯雨林の急速な破壊の写真を見ると、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素の巨大な吸収源が消滅の危機に直面していることがわかる。

 南アのミナミシロサイなど、希少な動物を保護・保存する政府などの努力も世界のあちこちで行われていると知る。

 写真展は、「スポーツ」、「自然」などの部もあり、ほほえましい展示写真もある。しかし、世界で起きている深刻な事象をこのように並べられると、私たち人類が直面している課題を再認識し、その解決のために、皆、真剣に努力せねばならない、と思う。

 ところで、写真展での写真の説明は、文字が小さくて、読み取るのに苦労した。どうして、こんなことが……。

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2018年5月31日 (木)

石牟礼道子『魂の秘境から』を読んで

 水俣病で知られる熊本県水俣市に昨年、行ったことがある。不知火海に面し、海の幸、山の幸に恵まれた地域なのに、公害の水俣病に苦しんできたところだ。その水俣が広く知られるようになった一つの要因が石牟礼道子さんの著書『苦海浄土』である。

 石牟礼さんはことしの二月に亡くなったが、四月に『魂の秘境から』が出版された。また、三月には、米本浩二著『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』が出版された。米本さんは新聞記者で、石牟礼さんがどんな人だったかをインタビューを積み重ねて浮き彫りにしようと試みてきた。

 このうち、5月中に読み終えたのが『魂の秘境から』だ。どの文も、水俣の自然環境である海と人々の暮らしなどの今昔を描いていて、巧みな表現に引き込まれる。その中で、特に一カ所だけ、ここに引用したいところがある。「原初の渚」からだ。

 『海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が  連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。

  水俣病の患者さんたちはそのことを身をもって、言葉を尽くして訴えた。だが、「言葉と文字とは、生命を売買する契約のためにある」と言わんばかりの近代企業とは、絶望的にすれ違ったのである。』

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2018年5月27日 (日)

スマホは契約内容も、操作方法も難解

 使っていたスマホの電池が壊れたのか、突然、充電してもその日のうちに、ろくに使わないうちにゼロになる。そこで、これまで操作速度がのろかったこともあり、この際と思い、近所にあるauの営業店に行き、買い替えた。しかし、新規契約したあと、面倒なことが相次ぎ、ろくに使いこなせない。契約した5月12日(土)から1週間もたたないうちに買い替えたことを反省した。後期高齢者にはスマホは無理なのか。

 購入したスマホを家で使おうとしたら、WiFi接続ができない。それで営業店に相談したら、同一機種の新品と交換することはできるとの答え。それで取り換えてもらった。しかし、家で試したら、やはり接続しない。パソコンなどで我が家のWiFi機能は正常に作動している。そこで、改めて営業店に相談したら、使用してきたWiFi用ルーターを新規に電器店で購入したらどうか、という。

 困って、「ニフティまかせて365」のサービスに相談したり、ルーターのメーカーに電話したりした。しかし、参考にはなったが、決定打ではない。何ギガヘルツの機器かなどで違いがあるという。そうこうしているうちに1週間近く経った。そこで、らちがあかないので、auとの解約をも念頭に、区の消費者生活センターに相談した。これに対し、同センターでは、解約といっても、機器の購入は解約の対象にならない、として、auのお客さまセンターに相談するようにと勧める。

 そこで、auのお客さまセンターに電話した。相談は無料である。センターでは、我が家のルーターの裏側をスマホで写真撮影するよう求めた。ニフティに相談したときにも同じことを要求された。しかし、お客さまセンターでは、これをもとにWiFi接続を正常化してくれた。不具合の原因は、想像するに、ルーターの裏側に記されている記号番号を読み違い(Bと8とか)して入力していたのではないか。

 初めの頃、新品のスマホを取り換えてくれたのはよいが、使っていたスマホのアドレス帳を二度にわたって移し替えて、それを「アドレス変更」と一斉メールした結果、相手に二度もメールが行って迷惑をかけた。また、新しいスマホの使い方についてauは何も教えてはくれない。基本的には取扱説明書を読めという話だ。しかし、取扱説明書を読んだからといってすぐわかるわけではない。現実には、試行錯誤で一つずつ必要性が高いものを覚えていくしかない。それも、しばしばauの営業店に通い、長時間待って、少しずつ教えてもらうということだ。

 契約した日にもらった書類は、読んでもよくわからないことばかり。現役の社会人にしても、契約書を理解している人はほとんどいないだろう。免責条項などは、通信業者に有利な内容になっていても、ユーザーは知らないのではないか。ブラックボックス化しているところに問題があるように思う。

 要りもしないサービス2種類への加入を求め、来月になったら解約しに来て、といわれた。まだ、そんな不公正な商売をしていることにあきれる。電波を寡占する不公正競争を政府が容認していることに根源があるのではないか。

 後期高齢者には、スマホは要らない、ガラケーといわれる携帯電話と、アイフォンとがあればよい、とか、ガラケーとパソコンの組み合わせで十分、という声を最近聞いた。パスワードだとか、いろいろ覚えなければならないことに対し、どう対処したらよいか、も含め、新時代を誰もが楽に対応できるノウハウを確立し、社会に広めてほしいものである。

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2018年3月21日 (水)

GDP統計が反映するもの、しないもの

 国全体の経済活動の規模や増減などを表す指標のGDP(国内総生産)。その数字について、「ネットの情報サービスやスマホアプリ」はGDPに反映されていない、と19日の日本経済新聞が指摘している。デジタル化という技術革新がもたらす消費者余剰はGDPの3.2%~3.7%にも及ぶとしている。消費者の利便性が高まっているのに、GDP統計上は豊かさがそれだけ失われていると記事は指摘する。私たちはGDP統計が示すよりも豊かだという記事である。

 GDP統計は折に触れて、批判の対象になるが、記事を読んだあとに、たまたま読み出した本、『3つのゼロの世界』は、GDPに触れて、異なる視点から、その問題点を指摘している。グラミン銀行の創設者で、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が”貧困ゼロ、失業ゼロ、CO2排出ゼロの新たな経済”という副題をつけている書物である。

 即ち、「GDPは全体を語らず、語ることもできない。お金のやり取りを必要としない活動は、GDPに参入されないからだ。つまり、人間がとても大切にすることの多くが価値がないと見なされるのである。他方で、兵器や人の健康を害したり環境を破壊したりするのに使われるお金はGDPに算入される。苦しみを生じさせるだけで、人類の幸福にはまったく貢献しないにもかかわらずだ」。そう、ユヌス氏は言う。

 そして、「GDPは、資本主義的人間の利己的な活動を正確に測ることはできるかもしれない」と付け加える。

 同書は啓発に富む書物であり、GDPから離れるが、引用したい内容が多々ある。その中から一つだけ紹介する。「人間は仕事を探す者だという考えを捨て、人間は起業家だという新しい考えと置き換える必要がある」、「人間はみな生まれながらの起業家であり、無限の創造力を内に秘めている」。

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2018年2月25日 (日)

沖縄を苦しめる日米地位協定

 沖縄県の渡具知武豊名護市長が毎月の定例記者会見をやめるという。稲嶺進前市長は定例会見を実施してきたが、選挙で敗北した。この市長交代を歓迎して、さっそく、安倍政権は、名護市に対する各種の助成を実施すると露骨な方針転換を示したりしている。

 また、沖縄では、米軍のヘリコプター墜落、小学校の上空の米軍機飛行など、地元民の反発を招くような出来事が頻発している。北朝鮮の核・ミサイル脅威もあって、沖縄の米軍をめぐる日本国内の政治情勢は厳しくなると思われる。

 こうした中、たまたま拾い読みした『日米地位協定  その歴史と現在』(明田川融著)には、安保条約に基づく日米地位協定(前身は日米行政協定)の故事来歴が記されていて、大いに参考になる。

 そもそも、日米地位協定は極東における平和と安全の維持に寄与し、外部からの攻撃に対する日本防衛に寄与するという目的を遂行するのに必要な施設および区域の使用を日本が米国に許すという内容。米軍が使う基地や範囲、名称などは何も定めていない。即ち、米国は日本国内のどこにでも米軍基地を設けることができるということ。いわば白紙委任状のような規定である。

 また、1972年の施政権返還から40数年も経ったのに、沖縄は昼夜わかたぬ軍用機騒音、米兵による犯罪・事件・事故、米側の被疑者拘禁によるままならない身柄引き渡し、軍用燃料や化学物質の投棄による環境破壊などで地域住民を苦しめてきた。国策であっても本土では民意で止めることができるが、沖縄では、国策とあれば日本政府は民意を無視し、押しつぶしてでも粛々と進める。

 それに、安倍政権が集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法を成立させ、自衛隊の活動範囲を地球の裏側にまで広げたことは日本を危険にした。それにもかかわらず米軍への思いやり予算を増やしたりするのはおかしい。そう指摘する。

 本土にいる私たちは沖縄問題に概して疎い。なぜそうなのか、これも本書が教えてくれる。

 

 

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2018年1月13日 (土)

元旦の新聞一面トップで社主が”平和憲法捨てるな”と主張

 日本記者クラブは例年、いまごろ、東京・日比谷のプレスセンタービル一階ロビーで、元旦付けの全国紙、地方紙などをまとめて展示する。ことしの展示を13日(土)に見た。眼を引いたのを一つだけ紹介すると、日本海新聞と大阪日日新聞が一面トップに、社主の吉岡利固氏の主張「平和憲法を捨ててはならぬ」を掲載したことである。

 一般紙は、社説、論説、主張などという欄を設けているが、それを執筆するのは論説委員などであり、経営の最高責任者ではない。また、社説などが一面に載っていた時代はとっくの昔に終わり、二面以降に掲載されるのが普通だ。編集も分業・専門化の時代である。それだけに、元旦だけとはいえ、社主の名前で主張を前面に押し出す日本海新聞と大阪日日新聞はユニークだ。

 吉岡社主の主張の一つは、二度と戦争をしてはならないという日本人の平和に対する思いは世界に浸透していて、日本だけは軍備を持たなくてもやむをえないと世界は納得してくれている、日本は戦争放棄を明記する憲法を持つ唯一の国であり、わざわざ普通の国になる必要はないということである。

 また、我が国の繁栄は、米国が日本に平和憲法を作り与え、軍備を持たせず、代わりに日米安保条約で日本を守ってきたおかげである、安倍政権の憲法改定は、平和憲法の持つ特権を自ら捨て去る行為だという。

 また、吉岡社主は、安倍政権の言う働き方改革は、実際は、休みが増える分、収入は減るという内容だ、おカネがないのに遊べと言う矛盾した政策だと主張する。そして、政府と官僚が推進する小手先だけのダメ政策に気付かぬほど国民は思考停止に陥っていると言う。

 そして、国民がいっそう考える努力を失い、軍備を持つことを容認する世論が半数を超えたら、日本の将来危機が本格的に到来すると指摘する。

 以上、吉岡社主の訴えを紹介した。日本の一般紙で、吉岡社主の抱くこうした鮮烈な危機意識を読者に訴える新聞がほかに見当たらないのをどう考えたらいいだろうか。

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2017年12月 8日 (金)

中国政府の情報監視、日本企業にも

 半世紀ほど前、日本の中国向け鋼材輸出は、日本の業界が一体となって訪中団を送り、北京で中国政府(五金鉱産公司だったか?)と商談を進めていた。日本側は中国側と何日にもわたって交渉するが、日本側の下打ち合わせをするとき、宿泊しているホテルでは、ラジオの音量を上げたり、水を流したりして、盗聴されないようにした。また、散歩しながら打ち合わせした。

 こんな昔のことを思い出したのは、いまの中国政府が中国と海外を結ぶVPN(仮想私設網)を遮断するようになった(12月8日付け日本経済新聞朝刊)からである。この通信トラブルにまいった日本企業は、国際専用線に切り替えたりしているが、専用線といえども、中国の通信会社が介在しているため、通信傍受や情報の抜き取りが可能だという。

 この記事の末尾には、「打ち合わせ場所で落ち合ったら一カ所にとどまらず、歩きながら会話する。今はこれが一番安全だ」と書かれている。半世紀前に大手鉄鋼メーカーの輸出担当役員が語った苦労話と符節が一致する。

 「中国ネット遮断 日本企業にも」、「VPN規制 業務に支障」、「専用線に誘導迫る監視」という見出しは、日本の企業の対中ビジネスに関して、撤退するか、中国政府の情報監視を甘受するか、という厳しい選択を迫られている実態を明らかにした。容易ならざる事態である。企業は無論のこと、日本政府も、この事態を深刻に受け止める必要がある。

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2017年11月30日 (木)

政府も企業も自由闊達さが失われているのでは

 国会の審議は、野党の”攻め”が迫力を欠いている。野党の質問は森友・加計問題にかなりの比重がかかっているが、安倍首相や霞が関の官僚はのらりくらりと言い抜けし、野党から、それ以上の追及はない。世論調査では、もり・かけ問題にたいする安倍政権の言い逃れに対して国民の批判が強い。その点を野党が生かして、鋭く切り込むことができないのはなぜか、そのことを野党各党は反省する必要がある。

 これに関連して、霞が関の官僚たちが”もの言えば唇寒し”の状態になっているという指摘を聞く。中央官庁の上級官僚や、総理大臣秘書官など、霞が関の中枢にある人たちが、閣僚などトップの身を護るため、本当は陳情を受けたりしたのに、「会っていない」とか「記憶にない」などと言う、あるいは、記録しておかねばならないのに公文書として残しておかない、などということが起きている。自分自身の保身や出世のため、ウソをつく、あるいは、公正さを欠くようなことをする、そんな今の霞が関の実態を憂うるOBたちもいる。

 神戸製鋼所、日産自動車、三菱マテリアル、東レなどが品質、性能などで問題があると思わせるビジネス慣行をとっていたことが明らかになった。日本のものづくりの質的な高さに疑問を抱かせる話である。こんなことがどうして?と思うが、どうも、会社組織が硬直的で、下から上に自由闊達にものが言えない経営だからではないかと想像する。

 もともと、日本の企業経営は、下が上をかつぐ神輿型だったが、21世紀になってからは、国際競争が激しくなり、経営トップが引っ張る形になってきた。その結果、会社組織の中で、上が下に命令する一方的な経営が当たり前になり、下が上に物申すことが難しくなってきているのではないか。

 霞が関では、下の者が上に自由闊達に提案、批判などがしにくくなっているようだ。まして、安倍首相や菅官房長官に対しては、そうだといわれる。企業社会で起きている問題が行政においても同時並行的に生じている。日本では、組織内で自由にものが言えないという硬直的なひずみが広がって、闊達さが失われていきつつあるのだろう。

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2017年8月29日 (火)

中国の腐敗はどこまで? 遠藤誉氏の説に学ぶ

 北朝鮮の軍事行動の報道の陰に隠れているが、中国の第19回中国共産党大会が近付いている。中国の権力抗争に詳しい遠藤誉氏(東京福祉大学国際交流センター長)はネットで「中国の腐敗はどこまでいくのか? 腐敗を取り締まる中紀委の財政トップが取り調べを受ける」と題して、中国の腐敗の実態と言論弾圧の背景を明快に指摘している。

 2017年前半に、20万人が中国共産党の規律検査委員会で取り調べ、立件されたという。また、第18回党大会以降、ことし1月9日までに立件され、行政処分にいたったのは119.9万人だったという。高級幹部の規律検査処分は223人だったという。汚職などの腐敗は、それを取り締まる立場の規律検査委員会の幹部にまで及んでおり、「腐敗の深さと広さは、とどまるところを知らない」というわけだ。

 胡錦濤時代、指導部に、腐敗の総本山である江沢民の派閥がいたので、反腐敗運動は多数決で否決され、実行できなかった、と遠藤氏は指摘する。そこで、胡錦濤は習近平に全権を渡し、習が思い切り反腐敗運動ができるようにした。腐敗は底なしで、腐敗問題を解決しなければ、党が滅び、国が滅ぶという危機意識からだという。

 習が人民に人気のある毛沢東の真似をして、自らを「第二の毛沢東」に位置づけようとするのも、一党支配体制を腐敗で消滅させないようにするという危機意識にもとづくと説明する。また、日中戦争で毛沢東が勇猛果敢に戦ったという「神話」をつくりあげ、その嘘をつき通すだろうという。それを否定するような言論は絶対に許さない。腐敗と言論弾圧という二つの軸を正視しないかぎり習政権の真相は見えないと遠藤氏は言う。

 日本の主要メディアの論調とは異なる遠藤氏の指摘は、とても参考になる。

 

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