2009年9月24日 (木)

企業の先行き見通しはとても厳しい

 日本政策投資銀行の調査研究誌『調査』の第100号(09年9月)に大企業(資本金10億円以上)を対象とした「企業行動に関する意識調査」の結果が載っている。それによると、日本経済の今後の見通しは相当に深刻だ。

 売り上げが金融危機以前のピーク水準に回復する時期はいつかとの問いに対し、「2011年度」という回答が19%、「12年度以降」というのが22%もあった。製造業に限ると「12年度以降」は26%に及ぶ。そして、「回復しない」というのが製造業で13%、非製造業で14%もある。

 業種別にみると、非常に厳しい見方をしているのは輸送用機械と鉄鋼である。輸送用機械では「12年度以降」が45%、「回復しない」が21%。鉄鋼は「12年度以降」42%、「回復しない」が23%となっている。非製造業で暗い見通しを示しているのは運輸と建設・不動産である。運輸は「12年度以降」が22%、「回復しない」が17%であり、建設・不動産もそれぞれ23%と16%である。

 比較的、回復が早そうな業種であっても、危機以前のピーク水準に「回復しない」という回答が8%~15%もある。

 また、中期的な設備投資計画の修正状況については、「修正あり」63%で、その内訳は「2割以上減額修正(予定を含む)」が28%、「多少減額修正(予定を含む)」が24%、「総額は修正しないが、内容を見直した(予定を含む)」が9%、そして「増額修正(予定を含む)」が2%である。

 製造業をみると「2割以上減額修正」が45%に達する。顕著なのは、輸送用機械の71%、電気機械の55%、鉄鋼の53%、化学の40%で、食品は5%にすぎない。非製造業の場合、「2割以上減額修正」が16%で、業種別では卸売・小売の24%が目立つ。

 そして、中期的な設備投資計画額を減額修正する地域(3つまでの複数回答)をみると、日本が圧倒的に多い。製造業か非製造業かを問わず、また製造業の中の素材か加工・組立かを問わず、100%近い企業が日本における設備投資を減らすと回答している。北米、中国、アジア(中国、インドを除く)における設備投資を減らすとの回答もあるが、多くても20%弱にとどまっている。

 一方で、企業が中長期的に取り組んでいる事業分野は何かとの問いに対し、省エネ/新エネ/温暖化対策という回答が50%弱で一番多かった。太陽光発電、エコカーがそれに続く。以上と比べると割合はかなり低いが、福祉/医療/ヘルスケア、バイオ関連などが挙がっている。しかし、これらの有望分野に、日本経済全体をプラス成長させるだけの牽引力を期待するのは無理だ。

 したがって、このままでは日本経済の先行きは全体として縮小傾向をたどると予想せざるをえない。鳩山新政権の経済政策には企業の競争力の強化などという問題意識はないが、それでは結果的に、雇用も生活もいまより厳しい状況に追い込まれるのではないか。政策投資銀行の調査結果をみていると、そんな気がする。

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2009年9月23日 (水)

『経営にカリスマはいらない』(森一夫著)で知る企業経営の難しさ

 日本の高度成長時代、大企業の経営トップはなんと楽だったことか。社長としての任期中に形相が変わるほどの深刻な経営課題に直面するのはまれ。基本的には、「おみこし経営」で、下から持ち上げてくる決済案件に承認のハンコを押していればよかった。

 これに対し、現代の日本企業10社を例に、経営刷新の過程を描いた『経営にカリスマはいらない』(森一夫著、日本経済新聞出版社)を読むと、国内市場をベースに発展してきた日本の企業が、技術革新とグローバル化、IT化などで激化する世界競争に直面して、どうやって戦える企業に変身したか、そのために経営トップがどのようにリーダーシップを発揮したか、その苦闘の様子がわかる。

 同書によると、「固定観念、前例、因習、慣行など、様々なしがらみに迷わされず、発想にワクをはめる呪縛を断つ経営が、集団の個々の力を解放する新しい日本型経営の進むべき道である。偶像を不要とする、人間の人間による人間のための屈託のない経営が、いま企業を革新する」という。

 そして、乱世に必要な経営者の条件は次の5つだという。①現場で血となり肉となる仕事を十分にやってきている、②失敗経験など、修羅場を経験している、③傍流を歩んだり多様な仕事をしたりして、複眼的なものの見方を身に付けている、④仕事を通して感動的な体験をしている、⑤損得、金銭を超えた価値観を養っている。

 なるほどと思う。変身しきれない多くの日本のビッグビジネスについても、こうした経営革新を遂げていってほしいと願う。

 ところで、このようなビジネス界のニーズに沿った教育、人材育成がこの日本で行われているのだろうか。試験問題に対して、いち早く正解を書けるようになるだけでは、受験競争に勝ち抜くことができても、上記のような人間力を備えた人物になるのはなかなか難しい。

 いま、日本の大学および学生の質が低すぎるとして問題になっているが、民主党政権のもとで、世界の大学の実情を踏まえ、思い切った教育改革を推進してほしいと思う。

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2009年5月 7日 (木)

世界的な自動車再編劇の進行

 イタリアのフィアット社が、破産した米国のクライスラー社を手に入れようとしている。フィアットは米国GM社の欧州子会社であるオペル社をも買収しようとしている。欧州の自動車産業の中で、どちらかといえば競争力が劣るとみられていたフィアットが、米国ビッグスリーの危機をチャンスに世界的な主要乗用車メーカーに飛躍しようという挑戦である。

 中国の吉利汽車(本社は香港)もGM系列のサーブ社(スウェーデン)を買収しようとしている。吉利は先に米フォード・モーターズ社の傘下にあるボルボ社(スウェーデン)の買収をめざしたが、色よい返事がなかったといわれる。BRICSの中でもめざましい経済発展をとげつつある中国、インドのうち、一足先に、インドのタタ・モーターズ社が昨年、英国のジャガー社およびランド・ローバー社をフォードから買い取っている。米欧日の自動車メーカーが中心だった世界の自動車産業地図が塗り替わり始めた。

 ドイツでは、ダイムラー社とBMW社が共同購入によるコスト引き下げなどを目指して提携関係に入ったし、フォルクスワーゲン社は大株主のポルシェ社との統合を発表した。

 このように、世界の自動車産業は大掛かりな乗用車メーカー再編成の波に洗われている。その背景には次のような事情がある。第1に、世界同時不況で先進国の自動車販売が極度に不振に陥ったままであり、しかも自動車販売金融もあって収益的にも資金繰り面でも苦しいメーカーが多い。そのため、政府の金融支援などが米、独などで行なわれている。日本でも、日産自動車などが販売不振で資金難に陥り、日本政策投資銀行から融資を受けたりしている。

 第2に、これとは対照的に、中国、インドなどでは自動車に対する潜在的な内需が強く、タタが発売した超小型車「ナノ」のように注文が殺到し、売れ行きが好調なメーカーもある。それに、これらの国のメーカーはかつての日本の自動車産業発展期と同様に、国内、海外での事業拡大志向が強い。

 第3に、先進国では、昨年の石油の急激な値上がりや、地球温暖化問題を意識する消費者の増大に伴って、小型車へのシフトやハイブリッド車など環境対策車の選好が進行している。米国では電気自動車や燃料電池車への関心が高まっている。やたら石油燃料を食うSUVのような車を収益源とする自動車メーカーのビジネスモデルは過去のものとなりつつある。

 世界同時不況からいつ、どのような形で経済が回復するか、まだわからない。景気が回復しても、先進国の乗用車需要は以前の7、8割にとどまるのではないかとの見方が強い。また、企業買収や合併は企業風土の異なるもの同士なので、成果が出るかどうか、出るとしても年月がかかるだろう。ただ、中国、インドといった後発工業国のメーカーが世界の乗用車供給に大きなシェアを占めるようになるのは確実と見てよかろう。

 ところで、現在の世界的な自動車産業再編劇に日本の乗用車メーカーは参加していないようである。日産はルノーと一緒に動く可能性はあるが、それ以外は受身にせよ、話題になっていない。欧米の外資を買収し、使いこなすという点で、日本の企業は中国、インドの企業よりも遅れていると言うべきか。 

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2009年4月29日 (水)

決算発表・予想にみる日本企業の強さ

 3月期決算会社の決算発表が行なわれている。2009年3月期(2008年度)は石油などの原燃料の急騰や反落、円高や、サブプライムローンに端を発する金融危機、世界同時不況などのため、日本経済は大きく揺らぎ、縮んだ。多くの企業の業績が急速に悪化し、不動産業などでは、資金難で破綻に追い込まれる企業が相次いだ。株価の下落などによる損失も大きかった。

 発表になった企業決算は、そうした激変を如実に映し出している。07年度に比べ売り上げも利益も大幅に減る企業が大半で、経常損益や最終損益が赤字になったところも続出している。トヨタ・グループの優良企業でさえ、ほぼ軒並み赤字を計上している。最終損益が何千億円、何百億円もの赤字になった大企業もかなりの数にのぼる。これから荒療治に乗り出す企業もある。

 しかしながら、今年度、つまり2010年3月期(2009年度)の決算予想(一部の企業は発表していない)を個別に見ていくと、売り上げが前期よりさらに相当減るにもかかわらず、経常利益・最終損益とも少ないながら黒字の企業が結構あるのに気付く。それらの経営者の発言は慎重だが、前途にあまり不安を抱いてはいないようにみえる。

 その理由は企業によってまちまちだろうが、次のようなことが挙げられよう。第1に、設備投資の抑制、諸経費の節減が挙げられる。第2に、前回までの不況に対応して、経営効率化を図り、固定費の比率を下げてきたことである。そして、第3に、含み損など不良資産を09年3月期決算においてまとめて落としたことである。どこも経済危機の嵐にあい、経営責任を問われないですむということから、前3月期決算で、できるかぎりウミを出したということではないか。もう1つ挙げると、取り組むべき新事業や新製品があることである。

 過去の長い不況と近年の好況のもとで、日本企業の競争力は総じて強くなった。企業の09年度の決算予想の数字はそれを反映しているように思える。

 大企業の自己資本比率は今回の巨額の損失でかなり下がったとはいえ、それでも、一部の企業を除いてまだ高い。そのゆとりの表れの1つが積極的な企業買収である。直近では、三井住友フィナンシャルグループが米シティグループ傘下の日興コーディアル証券などを買収することで話がまとまったようだが、キリンホールディングスがオーストラリアなどの食品関係企業を買収するなど、日本勢による企業買収が相次いでいる。

 09年度の日本経済は実質3.3%のマイナス成長となる、と内閣府が政府見通しを引き下げた。上場会社の企業収益は損益面ではもっと大きなマイナス幅になるが、企業の意欲は数字ほど悪くはない。09年度が収益面で底になるのなら、その後は、明るい展望が開ける可能性は十分ある。 

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2009年4月23日 (木)

3月決算で何千億円の赤字会社が続出

 3月期決算の発表シーズンを迎え、巨額の赤字を計上する大企業に関する報道が相次いでいる。日立製作所が7000億円、野村ホールディングスがやはり7000億円前後、農林中央金庫が6200億円(経常赤字)、みずほフィナンシャルグループ5800億円、三井住友フィナンシャルグループ3900億円、三共3000億円、NEC2900億円、東芝2800億円、日産自動車2650億円等々、最終損益(連結)が何千億円にもなる大企業が相当の数になりそうだ。ちなみに、7000億円というのは国民1人当たりにすると6千円弱である。

 世界同時不況で、自動車、電機などの輸出が激減したり、株価の大幅下落で各企業が保有する株式の評価損が発生した。国内経済もそれらの影響で縮小した。そんなこんなで多くの産業・企業は打撃をこうむった。それらの集積が、目の玉が飛び出るような赤字となって現れた。もちろん、同じ業態の企業同士でも業績悪化の度合いは相当違っていて、経営の良し悪しや運不運を反映している。また、財務の健全化を重視し、この際、厳しい資産評価をしたという企業もある。

 海の向こう、米国では巨額の赤字になったシティグループの株主総会があった。6時間にもわたった株主総会では、株価がゼロに近い水準まで下がったり、公的資金を受けてやっと生き延びたような経営実態に株主の不満が次々に表明されたという。経営者は結構うまい汁を吸っているが、株主は大きな損を抱えているという実情がアメリカ資本主義の現在のようだ。

 日本もどうやら似た状況である。株価は大幅に下落してほとんど戻らない。しかも、自己資本比率を下げないために大量に新株を発行する企業が多く、その結果、1株当たりの利益が下がるなど株式希薄化が進む。従来からの株主にとっては痛手だ。

 だが、このように、株主に損害を与えているのに、株主に対して申し訳ないとわびる企業の経営者はなかなか見当たらない。100年に1度の経済危機だからという免罪符を手にしているからかもしれない。だが、こういう時期こそ、経営の真価が問われていると謙虚に反省することが経営トップに求められているのではないか。

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2009年3月21日 (土)

経済危機で最も打撃を受ける先進国は日本というIMF予測

 最近、IMFが発表した世界経済予測によると、先進国の経済成長率は2009年に前年比でマイナス3.5%~マイナス3.0%になるという。そして、2010年には、0.0%~プラス0.5%を予測している。

 先進国経済の内訳をみると、2009年は、米国がマイナス2.6%、ユーロ圏がマイナス3.2%なのに対して、日本はマイナス5.8%と、最も落ち込みが激しい。2010年は、米国がプラス0.2%、ユーロ圏もプラス0.1%とわずかながら上向くのに対し、日本はマイナス0.2%と依然、底を打たない。

 過ぎ去った2008年をみても、米国がプラス1.1%、ユーロ圏がプラス0.9%だったが、日本はマイナス0.7%だったと推測されている。

 バブル崩壊後の失われた10年で、日本は経済構造を改革したかと思いきや、サブプライムローン問題を震源地とする世界的な金融危機と経済危機の余波で、最も深刻な打撃をこうむっているのである。

 IMFによれば、日本は輸出と設備投資の落ち込み、および個人消費の低迷を反映した生産の急激な低下に直面している。金融部門は危機の主因ではないが、経済不振の悪影響を受けているという。

 世界全体の成長率は2008年がプラス3.2%、2009年がマイナス1.0%~マイナス0.5%、2010年が0.0%~プラス0.5%である。世界全体と比べても、先進国と比べても、日本の不振が際立っている。

 輸出に依存する経済体質を内需主体に変えるべきだという意見は、こうした日本の特異体質から来るものだろう。それにはうなづけるものがある。介護などの福祉や環境・エネルギー、農業などの分野を伸ばすことは社会の要請でもある。だが、輸出依存度の高すぎる自動車、電機などの製品の輸出が減るのはよいとして、日本全体として、国内自給率の引き上げを進めるとともに、どうしても必要な原材料などの輸入をまかなうだけの輸出額を確保できないと、国民生活の安定は保てない。

 いま、経済界は30兆円程度の追加経済対策を政府に要請している。政界でも、巨額の09年度補正予算をという声が高まっている。だが、そうした大盤振る舞いへの期待は目先の需要不足を埋めることが中心である。あわてふためくあまり、バブル崩壊後の財政出動と同じように、将来に財政破綻の道しかないような政策をとるのは避けねばならない。現在の急激な経済縮小に対する応急の財政出動においても、叡智を集め、将来を見通したベストの政策を生み出す必死の努力を政府に求めたい。麻生総理大臣が各界の代表からヒヤリングをしているのは結構なことだが、与党・政府がそれを単なるパフォーマンスにとどめるだけでは困る。

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2009年3月 8日 (日)

ROE(株主資本利益率)の影響

 株式市場における投資のものさしは企業の経営に影響を及ぼし、経営のやりかたを変える。

 高度成長時代までの日本の株式市場では、株式配当は年1回、額面の1割が当たり前だった。額面はほとんどの企業が50円だったから1株につき年5円の配当である。増資するときは株主割当で、払い込みは1株50円という額面増資であった。株価がいくらだろうと、また、資本金以外の準備金など内部留保がいくらあろうと、株主から預かっているのは資本金だけと考え、1株当たりの配当は5円というのが常識だった。

 間接金融中心だったので、資金調達は主に銀行からの借り入れに依存していた。しかも、総資産に対する資本金の割合はきわめて低かったから、経営者は株主については、持ち合い中心の大株主のことしか頭に無く、株主総会もさっさとすませることぐらいしか考えなかった。

 その後、株式の時価発行が徐々に広がるが、それでも、まだ、配当は1株につき5円ないし若干の増配がほとんど。時価発行増資の払い込み価格と額面(50円)との差額は会社のもうけであり、株主のものだとは思わなかった。ついでに言えば、その延長線上で、上場企業は1980年代後半のバブル時には、時価発行のファイナンスで“資金コストがタダ”のカネを手に入れ、銀行借入金をせっせと返済した。優良貸付先を失う金融機関は不動産開発などにやたら貸しまくった。バブル期の高い株価をどう説明するかで、当時の証券会社は企業の土地などを時価評価した1株当たりの解散価値を持ち出したりした。 

 こんなことを思い出したのは、原丈人著『21世紀の国富論』を読んだからである。株価を決める要因は時代によって異なる。それが絶対的な真実ではないにもかかわらず、人々はそれを所与のものとして判断し、行動する。

 同書で問題としている1つがROE(株主資本利益率)である。原氏によれば、資本の回転率を上げる道具であるはずのROEそのものを目的にすると、分子の利益を大きくするのではなく、分母の株主資本(資産マイナス負債)を小さくするという考え方になりがち。人件費を減らし、資産を小さくするには、工場を持たず、外注がいいことになる。しかも、時価会計、減損会計の導入により、資産を持たないほうが地価や株価の下落による影響を受けなくてすむということになった。 

 ROEが株価と強い相関を持つようになり、「会社は株主のもの」という考え方をとると、企業経営にとって、株価が上がること、時価総額を大きくすることが至上命題になる。しかし、「リストラによってROEを上げ、メディア受けのするIRを駆使し、有力なヘッジファンドが株式を買えば、企業の時価総額は上がるかもしれません。しかし、その見返りとして大切な内部留保をヘッジファンドに配当金として分配してしまえば、、将来への投資が行きわたらず、企業や経済は競争力を失う結果となります」。原氏はそう指摘する。

 日本でもROEが投資判断の大きなものさしになってきているが、それが企業経営、ひいては産業の競争力に悪影響を及ぼしているという指摘はうなづける。

 日本にも大きな影響を及ぼしたヘッジファンドのような「にわか株主」については、すぐには持ち株を売却できないように制限するとか、長期保有する株主に多く配当する仕組みにするとか、封じ込め策を講ずるよう同書では提案している。

 ところで、時価会計、減損会計は投資者サイドに立ったルールであり、「リスクをとって新産業を創造する意欲をもつ事業家の視点からつくった会計基準ではありません」という。私もそう思ってきた。日本では、そうした重要な会計ルールの転換が何らの議論もなく、大蔵省(現、財務省)の判断で行なわれ、会計学者、公認会計士、経済界などから異論が全然出なかった。そうした反省をも込めて、日本の会計基準作成に関わる人たちは、望ましい会計基準とは何かを考え、それを世界に向けてもっと主張しなくてはならない。

 しかし、国際会計基準作成に関わる人によれば、「日本の主張を英語でどんどん発言し、欧米の人たちを説得できる人材がいない」と言う。国益を踏まえて米欧の人々と対等にわたりあえる人材を育ててこなかった弊害がこういうところにも現われる。いささか美化されたとはいえ、白洲次郎のテレビドラマが放送されている。白洲のような骨太の国際人を育てることは、こういう分野においても必要である。

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2009年2月26日 (木)

「年越し派遣村」をつくった全国ユニオンの鴨会長

 派遣切りなどで仕事も住むところもなくなった人たちの駆け込み寺となった「年越し派遣村」。それを企画し、NPOなど多くの協力者と一緒に運営したのが全国コミュニティ・ユニオン連合会(略称、全国ユニオン)である。加入者は3300人程度にすぎないが、その知名度や社会への影響力は無視できないものがある。最近、会長の鴨桃代さんが語った中から、一部を紹介する。

1. 全国ユニオンの春闘は「ともに生き、働く09春闘」である。賃上げ原資3%相当額を確保し、非正規労働者の雇用確保と正規労働者との格差是正に充てる。また、緊急ワークシェアリングとして、かつ長時間労働をしている正規労働者のワークライフバランスを確保するため、仕事の減少に対しては、正規労働者を雇用調整助成金を使って一時帰休させ、その穴埋めとして非正規労働者が働く。そうしたやりかたで正規、非正規が共生することを目指す。この方針には組織内部にも異論があった。しかし、例え、賃上げがとれなかったとしても、正規と非正規がともに闘えたという連帯を成果として残せないか、それが次の闘いの力になると考えた。

2. オランダ国営放送から24日にインタビューを受けた。その際、派遣切りなどに対して「なぜ日本の国民はゼネストを起こさないのか」とたずねられた。私は日本の労働者はダメだとあきらめきってはいない。命をつなぐ年越し派遣村には1700人のボランティアが集まったし、カンパも5千万円を超えた。カンパの物資は使い切れないほどだった。この問題が働く人、生活する人に目に見える形で伝わったのだと思う。京品ホテルの闘争では、5万人を超える署名があり、たくさんカンパがあった。ホテル前では通りがかりの人から「頑張ってください」とか、「あなたたちの闘いには夢があります」という声があった。理不尽なことは許さないという闘いに共感が高まっている。

3. 「年越し派遣村」には総合相談窓口をつくった。「村民」は仕事、住まい、健康、多重債務など、さまざまな問題を抱えているからで、労組だけでは受けられない。労組も縦割りだったのかなと反省した。彼らが次の仕事を見つけるまでにはカネと時間と住まいが必要だ。それが整っていないと、「自立して仕事をしたいけれど、それができない」と彼らは訴えていた。私もそこまでわかっていなかった。残ったカンパを彼らの生活保護と就労支援のための基金に充てたい、それには国も企業も出してほしい。それでいろいろな方面に設立を働きかけている。

4. その後も「派遣村」に行きたいという声は止まらない。福岡県や愛知県にないのかという地方からの声がある。地方でもやれるというところではやっている。それに、シェルターが足りないから、役所につくってくれなどとお願いしている。

5. 「派遣村」ではホームレスの人は私たちを試してきたという気がした。善いひとぶってつくったのではないかと。「偽善の村」だと大きな声で走り回った人がいた。ホームレスの人たちは自分なりの生活をつくっていて、何が何でも仕事をしたいとは思っていない。「あんなに上司から命令されて働きたくはない」と言う人もいた。でも、ホームレスの村民が生活保護を受け、住居を確保したのは、彼らにとっては、そこからの新たな踏み出しになったのではないかなと思う。

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2009年2月23日 (月)

春闘における労働運動指導者の悩み

 今年も春闘のシーズンに入った。経済の急激な落ち込みに直面して、賃上げか、雇用かの選択を迫られる個別労働組合も少なくない。このため、賃上げの旗を振る労働組合の指導者たちの悩みは深い。有力な産別組織であるゼンセンUI同盟のリーダーの話を聞いて、それがよくわかった。彼らの話を以下に。

 マクロ経済の面から考えると、外需依存でやってきた日本経済がこれ以上、内需を落としたら、景気はスパイラルに落ち込む。したがって、内需の落ち込みを止めるため、最低でもかなめの賃上げを実施しなければならない。他方、ミクロの面からは、働く者にとって、物価上昇に見合う賃上げ、即ち、物価上昇率プラスαが欲しい。

 しかし、多くの企業の経営が悪化したため、雇用か、賃金かの話が出てきた。さらにワークシェアリングの話も出てきている。報道では賃上げが悪いことのような記事ばかりだ。マクロ的には賃上げは必要だが、個々の労働組合が「我が社、我が労組は賃上げ要求を断念する」ということでは、日本経済はデフレスパイラルに陥る。合成の誤謬をおそれる。

 こういう時期になると、便乗型の企業が結構出てくる。経営がそれほど悪くもないのに、雇用は守るが、賃金カットをするというようなことをする。

 ゼンセンUI同盟傘下で、実際にストライキをうつ構えがあるのは少ない。いまの状況でストをうつのは会社の減産体制に協力するようなものでもある。

 労働時間短縮はまず年間2000時間をなくし、1800時間を達成することが我々の要求だ。サービス残業がなかなか直らない。そのためにも、総実働労働時間をこれ以上にしないという形で攻めないと進まない。

 これまで、労組は職場の問題点を突き詰めてこなかった。残業をゼロとして必要な適正要員を確保することはその1つだ。残業が雇用のバッファーだという考えはなくす必要がある。

 不況がくるたびに、企業別労働組合の弱さが出る。産業別労働組合組織も、単純に企業別労組を集めただけだし、そうした産別を集めたのが連合だから、それも弱さだ。これは大きな課題だ。  

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2009年2月 1日 (日)

アメリカ資本主義の問題点

 早稲田大学グローバルCOE《企業法制と法創造》総合研究所が1月31日に緊急シンポジウム「アメリカ発金融危機の総点検ーー日本からのメッセージーー」を開催した。報告者6人のテーマは多岐にわたったが、原丈人デフタ・パートナーズ・グループ会長の「公益資本主義と新基幹産業再生」に最も刺激を受けた。

 昨年の世界的な金融・経済危機以来、原氏は総合雑誌や経済週刊誌などに登場するようになった。米欧などで事業を行なうとともに、バングラデシュで途上国の経済発展に貢献するビジネスを展開するなど、独創的な事業家であり、「公益資本主義」という耳慣れない用語の提唱者でもある。シンポジウムにおける報告は、大半がこれまでの発言と重なっているが、じかに聞いたため、感銘することが多かった。その中から、アメリカ資本主義の問題点について述べたところを紹介すると――

 金融・経済危機については、証券化されていない不良債権の問題が今後出てくるし、ヨーロッパも不良債権問題が大きくなるので、次々に破綻が起こると指摘した。また、オバマ政権のメンバーもウオールストリート出身者だから、対症療法にとどまる、いずれまたバブルになることを憂慮していると語った。

 ウオールストリートの人々はこれまでのあやまちにこりず、また誤りをおかすだろう、今後、温室効果ガスの排出権取り引きなどでもうけようとし、日本が一番食い物にされるだろう、とも述べた。

 今回の危機を生み出した米国資本主義の問題点として、原氏は、「会社は株主のもの」という誤った考え、および時価会計、減損会計などを指摘した。新しい産業を創り出すには、長年にわたる研究開発および市場化のための資金が必要である。ベンチャービジネスの場合、そのリスクを引き受けてくれるリスクキャピタルおよびベンチャーキャピタルの存在が必要である。また、株式を公開している企業は、内部留保を蓄積して研究開発などに振り向けるのが望ましいという。

 ところが、いまやリスクをとらないベンチャーキャピタルに変質している。ヘッジファンドなどが企業の大株主になると、アクティビストが登場して、内部留保を吐き出せと言ってくる。彼らは、短期間に多くの利益を得ようとするから、新技術・製品の開発に力を入れることを好まない。それに、企業の経営者はストックオプションで個人的に莫大な利益を得ることが可能だが、在任期間が平均5年ぐらいだから、当面、会社の利益縮小につながる研究開発費などを減らそうとする。したがって、公開会社のストックオプションは百害あって一利なしである。原氏はあらまし、以上のように語った。

 日本はIT産業のあとの基幹産業を主導できうる力を持っている。それが実現できれば、税収が増えるので、税金を安くすることができる。そのためには、日本国内で、企業が研究開発に投じた費用を経費として落とせるようにする、個人が出資したときも税額控除などを適用する、という優遇策が望ましい。それを採用するよう、日本の財務省に提案しているという。 

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2009年1月22日 (木)

リチャード・クー氏の「バランスシート不況」論

 1990年代、日本のバブル崩壊後に「バランスシート不況」という言葉を初めて聞いた。その懐かしい言葉を、22日、リチャード・クー野村総研主席研究員から聞いた。彼がこの日、日本記者クラブで催された勉強会のゲストとして講演した際にだ。

 「バランスシート不況」は彼が言い出した言葉だそうで、資産価格の暴落が起こす不況のことだという。土地などの資産が暴落すると、企業は債務超過に陥り、倒産するか、本業で少しずつ債務を返済しようとする。後者の場合、ひたすら返済に専念する。新たな借り入れはしない。例え、金利ゼロであっても借りない。そうなると、マクロ経済的には、家計などが収入の一部を貯蓄すると、そのカネを借りて使う主体がないと、消費はスパイラルに縮小する。経済全体が収縮を続けることになるこの悪循環をバランスシート不況だという。

 日本は1989年末からの土地と株式の下落で1500兆円の富を失った。GDPの3年分に達する。かつて米国が大恐慌で失った富はGDPの1年分だから、日本のほうがはるかに深刻な打撃をこうむったことになる。しかし、彼は、日本がバブル崩壊後、市街地価格指数が87%も下落するなど資産価格が暴落したにもかかわらず、GDPが拡大を続けたという事実こそ、米国など世界にとっての唯一の希望だという。

 バランスシート不況を日本がうまく切り抜けたのは、マクロ経済的に見た貯蓄を政府が使ったからだと指摘する。税収が落ちたのに、政府は逆に歳出を増やした。それがGDPの拡大をもたらしたのであり、もしも政府が国債を発行して公共事業などをしなかったら、GDPは半分になったり3分の1になっていただろうという。

 過去、GDPが滅茶苦茶に落ちたとき、戦争が起きて回復した。平和のままで経済が回復したのは日本が初めてだとクー氏は語った。米国では、これから貯蓄が行なわれるようになるから、それを対象に国債を発行すればよい、海外からカネを借りる必要はないとも述べた。もっとも、米国は財政出動するにしても、ことし9月以降にしか可能ではない。それまでに経済は落ち込むから大変だとの見方を示した。

 クー氏は米国や西欧の危機を日本の経験した不動産バブルに引き付けて見ている。しかし、池尾和人慶應大学教授は米国を重層的な市場型間接金融と定義して、日本の経験は参考にならないと言っていた。したがって、財政出動に対する見方も、積極的であるのと消極的であるのと分かれる。

 専門家でもさまざまな意見に分かれるところだ。日本の国会はそうした分析、対策をめぐって議論してほしい。政治家にとってはその見識や能力を発揮する100年に一度のチャンスだから。オバマ米大統領の登場を見てもわかることだが、いまは野党が総理大臣の国語力を試す質問をしているようなときではない。危機感が政治家全体になさすぎる。

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2009年1月20日 (火)

池尾慶応大学教授の話から

  いまの金融危機および日本の課題について、池尾和人慶応大学経済学部教授の話を聞いた。いくつかの点が参考になった。

 教わったことの1つは、日本のバブルの発生・崩壊は伝統的な間接金融システムのもとで起きたのに対し、米国のそれは最先端の重層的な市場型間接金融システムのもとで起こったもの。市場型金融が未発達の状況で起きた日本の経験はいまの米国にはほとんど役に立たないという。

 第2に、米国では、これまで財政政策を景気対策に使うことには否定的だったが、やろうという関心が復活している。しかし、財政政策が有効だという証拠はない。ほかにやることがないからという消極的な理由からだという。

 第3に、日本経済はこれまで輸出型の製造業と国内市場向けの産業との2部門経済だった。北米市場に過度に依存した経済成長はもはや不可能。後者の国内市場向け製造業および非製造業は生産性が低いまま、失われた30年が続いている。この部門は1980年代以来の産業構造転換という課題をなんら解決できていない。ここ5、6年は輸出が好調で、問題を抱えたままごまかしてきただけだとのことだ。

 そして、第4に、マクロ経済政策では構造調整の必要性そのものをなくすことはできない。日本が構造調整にからんで、非伝統的な金融政策をとったり、財政のサステナビリティを失わせるような(すでに失っているというのが正確だが)財政出動を行なうのは弊害のほうが大きいという。

 第5に、日本はサッチャー改革前の段階にあるとのこと。いまの日本経済は食いつぶしてきたとはいえ、まだ余裕を持っている。我々(池尾教授ら)の年代は余裕があるが、30歳代は悲惨。さりとて“サッチャー”が出てきてよくなるかどうかは保証の限りでない。日本はアルゼンチン化することもありうるとのことである。

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2009年1月15日 (木)

高橋洋一氏の新著から

 『さらば財務省!』などの著書で知られる高橋洋一氏が08年12月に出版した『この金融政策が日本経済を救う』を読んだ。自民党の中川秀直元幹事長ら、いわゆる“上げ潮派”の理論的な支えとなっているとみられる高橋氏が本書で述べていることについて、私には肯定も否定もする能力はないが、それがとても刺激的だということは確かである。

 現在の非常時に国がとるべき政策を具体的に提案するならば、という前提で、「金融・財政政策のフル稼働で、25兆円の量的緩和と、25兆円の政府通貨発行(その財源で、2年くらい社会保険料を免除します)をすべきだと考えます。」、「このくらいの政策を行えば、危機に陥らずにすむでしょう。」、「100年に一度の大恐慌でデフレになるなら、インフレは有効な治療薬になります。」と言い切っている。

 これは、同書の「エピローグ――世界同時不況にどう立ち向かうか」の一番最後に書いてあるもので、本書で高橋氏が厳しく批判しているのが日本銀行の「金利正常化」にこだわる金融政策である。「現在の景気後退の主犯人は、増税(定率減税の廃止)でもなく、ましてやサブプライム問題でもなく、06年の金融引き締めだった」と指摘、いまこそ金融緩和とインフレ目標設定をすべきだと強調している。

 また、いまも争点となっている第二次補正予算とその中の2兆円の定額給付金については、景気浮揚効果はあまり期待できないと述べ、その理由として麻生首相による3年後の消費税増税宣言を挙げている。

 高橋氏は「本当は、埋蔵金がもっとあるのですから、2兆円なんてケチなことをいわずに、20兆円くらいを定額給付金にすべきでしょう。」とまで言い切っている。そして「増税を考えるのではなく、経済成長に伴う「増収」を考えるべきだと思います。」と、従来の主張を繰り返し述べている。

 本書は、日本の金融政策がずっと間違っていたためにデフレから脱却できなかったと指摘し、かつ日本銀行の「利下げをいやがり、隙あらば利上げをねらっている」体質を批判している。

 というわけで、本書は挑発的な表現および刺激的な内容に富んでいる。本書を読んで思うのは、いまの局面でどんな経済政策が最適かについて、高橋氏の見解を含め、さまざまな論者による丁々発止の議論を国民の1人として聞きたいということだ。

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2008年12月17日 (水)

齊藤誠一橋大教授「首相はボーナスを返上すると言ったらよかった」

 金融・経済危機に日本(政治、企業など)はどう対応するのがいいのか。12月17日、言論NPOが開催した会議で、発言者3人のうちの1人、齊藤誠一橋大学教授の話を聞いて、なるほどと思うことが多かった。

 日銀短観を新聞などが大きく扱っていたが、齊藤教授は「従来の指標にあまり反応しないほうがいい。マクロでみると悲観論しか出てこない。しかし、一つひとつ丁寧に見ていく必要がある。円高で購買力は高まっているなど、ポジティブな面も見ていくべき」と語る。そして「この時点で消費税引き上げを言うのはセンスがない。一方で減税などをやっているのだから。納税者番号の導入など公平な徴税の制度基盤があれば、マイナス納税もある。そうした公平性、公正性のあるプランを提示するほうが、個別利害の対立が避けられる」と指摘した。

 今日の非正規雇用をめぐる問題については、「非正規雇用を認めたのは(雇用形態の)多様化の1つだった。しかし、それと合わせて正規雇用の解雇法制に手をつけるべきなのに、それをしなかった。同じ待遇にしないままだったから、調整時にはまずいことが起こる」と問題点を挙げた。

 現在の危機にどう対応するか。「前例のない事態に直面したとき、本当のプロではない学者や前例踏襲の役人などを(審議会などに)集めても意味がない」とし、NPOなどで本当のプロが関わっていくようなことをしないと課題の解決はできないと述べた。

 米国では、議会が金融危機対策に関して、関係者の責任を厳しく追及している。これに対し、齊藤教授は「日本は一方的な被害者だという受け止めで、関係者の責任を棚上げしてしまっている」と指摘。「(金融バブルの発生には)日本のゼロ金利や量的緩和など金融政策の不節制にも責任がある。天から降ってきた災害というのではなく、原因と結果などをきちんと追究し、責任を追及すべきだ。政策を総動員するというのなら、議会は責任ある立場にいた人を呼び出してそうするのが当然だ」という趣旨の発言をした。

 これからの日本経済について、同教授は「今後、しんどいだろう。経営者は給与を返上し、陣頭に立たねばならない」と述べた。そして「失業者がこれだけ出てきているとき、国民が痛みを受け入れるように、政治も、行政も、労組幹部も、経営者も頑張っている姿を見せなければならない。ところが、頑張っている姿がみられない。麻生さんはボーナスを返上すると言ったらよかった。でも彼はそうしなかった。」と指摘した。

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2008年12月15日 (月)

法人企業統計が示す日本企業の財務体質改善

 世界的な金融・経済危機に遭遇したとはいえ、日本企業は過去数年の好況などで財務体質が向上してきているので、全般的には、そう簡単にはへばらないのではないか。法人企業統計調査の平成19年度調査の結果をみると、そう思う。

 19年度の経常利益総額は53兆4893億円、前年度比1.6%減と減少に転じ、平成14年度以降の景気上昇に区切りをつけた。製造業が0.4%増だったが、非製造業が3.2%減だった。一方、売上高総額はかろうじて0.9%増だった。製造業は4.7%増だったが、非製造業が0.7%減となった。また、当期純利益総額は25兆3728億円で18年度に比べ2兆7922億円減った。

 しかし、自己資本比率をみると、平成15年度に28.3%だったのが、毎年、上昇し、19年度には33.5%に達した。製造業だけだと19年度43.8%(15年度40.7%)、非製造業は28.5%(同22.5%)である。

 また、資金需給は、調達をみると、過去数年、減価償却などによる内部調達が100%を超えている。つまり、外部から資金を調達する必要がないどころか、借入金など外部資金を減らしたということである。自己資本比率の上昇はその表れでもある。

 興味深いのは、付加価値に占める人件費の比率だ。平成19年度は69.4%で、18年度より0.1%ポイント上がったが、平成14年度の73.7%、15年度の71.6%に比べ下がっている。支払利息の比率も平成14年度に4.2%だったのが18、19年度には3.3%に下がってきている。それとは逆に、営業純益の占める比率は一貫して上昇。14年度8.2%だったのが19年度は14.0%にまで拡大した。

 また、純利益を配当金と内部留保にどう配分するかの比率については、平成19年度は配当金に55.3%、内部留保に44.7%、配分した。18年度は配当金に57.6%、内部留保に42.4%の割合だった。

 景気の下降局面に入り、しかも世界同時不況に突入したため、企業の収益状況は激変した。だが、日本の企業の基礎体力は以上のように強化されているので、まともに資金繰りがつけば、そうそう簡単にアウトにはなるまい。もちろん、以上の話は総論であり、各論では、もともと弱い企業は早々に淘汰される公算が大だと思う。 

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2008年12月10日 (水)

斉藤東証グループ社長の話から

 サブプライムローンから始まった世界の金融・経済危機について、斉藤惇東京証券取引所グループ社長が10日の会見で語った中から、興味深く思った部分を抜き出してみる。

・金融工学によって、最も効率性の高い市場をつくることができる。そのときには、利益はゼロになるはず。ところが、それで一番もうけていた。透明性が全くなかった。我々はディスクロージャーを徹底していく。それに関連して言えば、第三者割り当て増資はおかしい。いま当局と話し合っている。

・エンロン事件などで米国はSOx法(企業改革法。厳しい内部統制などを求めた)を制定した。しかし、ディスクロージャーがなっていなかった。子会社をつくって不良債権を移していた。米国はまずそこを正すべきだ。

・レバレッジを30倍も効かした経済を急に冷やすと大恐慌になるおそれがある。米国政府はそのことをよくわかっている。それで財政資金を大量に投入している。

・この金融危機は住宅ローン債権の相対取引から発生した。透明性がないという異質性が問題を引き起こした。だから、今回、東証はクリアリング(決済)機構をつくりたいと手をあげた。

・相対取引をやったことがこれほど大きなコストを払うことにつながった。市場集中が必要である。それで誰か監視している者がいなくてはいけない。東証は透明性と流動性を確保する。透明性によって情報の非対照性をなくす。

・米国は銀行が企業の株式を持つことを禁止している。日本はそれが許されているが、日本も禁止すべきだ。銀行・証券が投信子会社を持つのもおかしい。投信はさわかみファンドみたいなものが正しい。

・保護主義の傾向がはっきりしてくるだろう。日本は政府系金融機関を民営化など再編したが、むしろ国際協力銀行のような半官半民の金融機関を生かしていく必要がある。今後、世界中に、国際協力銀行みたいなものができるのではないか。

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2008年11月28日 (金)

グローバル企業のトップの発言から

 世界的な金融危機に、企業はどう対処するか。経営トップはどんなことを考えているのか。10月27~28日に東京で開催された日経フォーラム「世界経営者会議」の模様を収録した特集(11月27日付け日本経済新聞第二部)は、そんな関心に応えるだけの内容である。

 グローバル企業のCEOなどの講演から、私の関心を引いた発言を紹介すると――

 「バランスシートには記載されない人材こそが、実は活用できる最も大事な資産であり資源でもある」(コーン・フェリー・インタ-ナショナルCEOのゲーリー・バーニソン氏)。

 「重要なのは社員が自分の会社だという帰属意識を持ち、誇りを持って働ける環境かどうか。」(日産自動車社長兼CEOのカルロス・ゴーン氏)。

 「グローバル企業は、世界から多様な人材を受け入れることで競争力が高まる。強力な企業文化を持ち、一人ひとりの能力を結び付けていかなければならない。」(エンブラエル社長兼CEOのフレデリコ・クラド氏)。

 「(会社の強みについて)最後に優秀な人材だ。コーチで活躍する人材には共通点がある。ブランドを信頼していること。仕事を人生そのものととらえ、情熱的に粘り強く働くことで、高い成果を残している。」(コーチ会長兼CEOのルー・フランクフォート氏)。

 「優秀な人材をつなぎとめることも大切だ。事業規模が大きくなると優秀な人は会社を離れる。当社は基本給を少なくする代わりに、実績で決まる成果報酬部分を大きくしている。」(マグナ・インターナショナル共同CEOのドン・ウォーカー氏)。

 「成果を生み出す力はイノベーションだ。‥‥(中略)‥‥技術革新を起こすには個人の力だけでなく、チームや会社といった組織のマネジメントが重要だ。個人を集めてチームを形成しても、一人ひとりが知恵を出し合わないとチームプレーにならない。」(ノバルティス会長兼CEOのダニエル・バセラ氏)。

 「ぶれない戦略を掲げ、規律を強化する。好機をつかむために迅速に動き、コンサルタントやエコノミストの言葉には耳を貸さない。」(ダウ・ケミカル会長兼CEOのアンドリュー・リバリス氏)。

 「お客様が第一で、社員が第二、株主は三番目」、「変化の原動力は若い世代にある。ネット産業にとって唯一といえる資本は、人間の頭脳だ。」(アリババ・グループ会長兼CEOの馬雲氏)。

 「日本企業は戦略の実行力は優れているが、多様な意見や考え方を戦略としてまとめる力は弱いようだ。」、「経済危機や人口減少に伴う市場の縮小に対し、政府の支援を待っていてもダメだ。」(IMD学長のジョン・R・ウェルズ氏)。

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2008年10月25日 (土)

解散・総選挙を言っている時か

 世界の株価がスパイラル(らせん状)に下がっている。グローバリゼーションといわれるように、世界経済が一体化しているために、米国発の金融危機が先進国に波及するだけでなく、中国、インドなどのBRICsや産油国、途上国の経済にも多かれ少なかれ打撃を与えている。金融機関がカネを貸さなくなる信用恐慌で、実物経済のほうも息の根を止められつつある。世界各国が適切な対策を講じたと思われるまで、株価下落に表れる不安の連鎖はおさまるまい。

 日本はサブプライム関連の金融商品の購入も少なく、したがって、この世界的な経済危機による打撃をほとんど受けないというような楽観的な見方もあった。しかし、いまや、相当に暗い見通しに変わってきている。世界経済の落ち込みに円高が加わって、輸出に依存する日本の製造業などは厳しい経営環境にある。減産に追い込まれたり、出張の制限や広告宣伝費の削減などが始まっている。また、製造業の下請け企業は注文が激減しているという。レバレッジを効かして派手に不動産投資などを展開してきたファンドなどが次々に事業を縮小しているため、建設・不動産などの企業が破綻している。金融機関の貸し渋りもあり、倒産件数は増えるだろう。

 当然、雇用情勢は厳しくなる。これまで取り組まれてきた正規雇用化や賃上げといった雇用改善の取り組みに逆風が吹く。国民は財布のひもを締め始めた。このため、政府は財政事情は二の次にして、追加の景気対策を打ち出そうとしている。

 いまの世界経済危機は世界通貨としてのドルの危機でもある。米国は国民の貯蓄がないので、国債を発行するにしても、外国に購入してもらうしかない。ドル離れの動きもあり、最近は米国債を買ってくれる中国やサウジアラビアなどに頭が上がらない状態である。世界通貨としてのドル自体が危うくなっているということだ。

 海外では100年に一度の恐慌というような見方もされ、非常時の超法規的な対策が打ち出されている。日本でも、国際協調という点からも、今後、さまざまな緊急対策を打ち出さざるをえないかもしれない。まさに政治の出番である。与野党とも、解散・総選挙を封印し、内外経済の危機克服に一致協力してあたるべきではないか。

 北京で麻生首相を含め、アジア・欧州の首脳が金融危機対策などを相談しているときに、日本のメディアは、麻生首相の記者会見でいつ解散・総選挙をやるか質問している。民主党が解散を求めているという事情はあるにしても、この世界経済の危機に際して内閣や国会が機能しない状態をつくるのは、それこそ日本の危機である。視野狭窄に陥っているジャーナリストの見識を疑いたくなる。 

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2008年8月30日 (土)

総合経済対策で安心が実現できるか

 夏休みということで妙高・赤倉の温泉にのんびりつかっているうちに、与党・政府は「安心実現のための緊急総合対策」をまとめた。緊急対策ということでか、既存の政策およびそれに張り付いた予算を見直すことなく、単純に上乗せするという内容。既存の政策・予算を削減し、それを新規の政策に充てるという「ペイ・アズ・ユー・ゴー」の財政規律は無視された。国債取り引き市場などがこの日本政府の政策をどう受け止めるか、注目したい。

 福田首相は「できるだけ赤字国債の発行は避けたい」という意向のようだ。しかし、建設国債ならいいじゃないかとか、埋蔵金の取り崩しなら構わないとかということになりそう。それらは、国のふところ全体という観点に立つと、所詮は債務の増加である。危機的な経済状況では、対策として財政支出増が認められるが、いまの状況はそこまで深刻ではない。ムダを削ることで、対策費用を捻出できるのではないか。公明党が定額減税をごり押しし、自民党がそれを受け入れたことも合わせ、自民党の弱体ぶりが目に付く。

 最近の日本経済の苦境は、石油などのエネルギー、鉄鉱石などの鉱物資源、そして小麦など食糧の世界的な高騰によるところが大きい。それらをほとんど海外からの輸入に頼ってきたのが日本である。原燃料など一次産品を輸入し、加工して付加価値をつけて輸出するという日本モデルで経済発展を遂げてきたが、そのモデルの弱点を突かれたようにみえる。それが今日の経済不振の主因だろう。米国のサブプライム問題に端を発する世界的な金融不安定も無視できないが、日本としては、新しい経済発展のモデルを模索し、転換することが緊急の課題ではないか。

 そういう目でみると、産業、企業の構造転換を促す政策が緊急総合対策の柱になってしかるべきだ。例えば、日本資本による国際的な資源、エネルギー開発事業への直接投資や、国内での省資源・省エネ、代替資源・代替エネの推進、農林水産省的な農業政策の抜本的転換などが重要である。

 それ以上に大事なのは、これからの日本をどういう国、社会にしていくか、の基本的な方針、ビジョンを明確にし、それに基づいて緊急総合対策を打ち出すということである。一例を挙げれば、グローバルな経済競争に日本および日本人が生き残るためには、かつて英国のブレア首相が就任した時に強調していた「政策は一に教育、二に教育、‥‥」を真似ることだ。といっても、文部科学省に任せるのではなく、日本人が国内外ですぐれた働き手、市民となる基礎を身に付けさせるものでなければならない。

 今回の総合対策では、相も変わらず、縦割りの各省庁が出す政策なるものを並べ立てているのにはうんざりする。既得権を無視して、望ましい政策を立てる能力が与党には欠如している(野党にもあるのか疑わしいが)からだ。国民のほうも、政府に甘え、あれもこれもやってもらいたいという依存症から、いい加減に脱しようではないか。 

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2008年8月14日 (木)

元をたどれば官僚支配

 近代経済学者で著名な小宮隆太郎元東京大学教授が14日付けの日本経済新聞「経済教室」欄で、次のような指摘をしている。

 10年前に書いた同欄の「やさしい経済学」の中で、同氏は①速すぎる人口減少のスピード、②過大な政府の規模、③GDPに対する公債残高の急上昇、の3つが日本経済の中長期的な重要課題であると述べた。②については、社会保障に関する政府の役割は増大せざるをえないと考えたが、公共投資や第三セクターや天下りなどに象徴される税食い虫の「官産複合体」をスリム化することが重要だという意味だとしている。

 同氏は14日の「経済教室」で、「十年前、私はこれら三つの課題の改善・解決に悲観的でなかったが、今や認識を変えざるを得ず、日本の現状には「亡国の兆し」が表れ始めたと思うようになりつつある」と言っている。そして日本の政治が根本問題に取り組まない点を指摘し、「サッチャーやブレアのような名宰相が日本にも現れて、日本の経済社会を蘇生させてくれないだろうか。」と締め括っている。

 私も、問題が日本の政治にあると思っている。自民党・公明党の連立政権は来たるべき衆院選挙で劣勢が予想されるため、おりからの景気後退に勢いを得て、即、財政のばらまきへと突き進もうとしている。与党の政治家には、権力を握り続けるためには、将来の日本がどうなろうとかまわないという、やけのやんぱち的な空気が出始めているのだろうか。しかし、長年続いた保守政治を支え、好きなように誘導してきた官僚支配を突き崩さないと、小宮氏の挙げた3つの重要課題は改善・解決しないことを見逃してはならない。

 出生率の急速な減少を止めるには、出産、育児を喜びと感じることができる仕組みづくりが必要だが、それは縦割り行政では絶対にできない。2002年2月から昨年秋ごろまでの景気上昇局面においても、国・地方の長期債務残高は減らなかったし、基礎的財政収支が赤字から脱することはなかった。地方分権改革、規制改革、行政改革などの構造改革は各分野に根を張っている既得権益を突き崩し、グローバルな競争に日本が勝ち残るためのものだが、それを達成するための政治のリーダーシップと官僚の下支えがどちらも欠けていた。

 政治家が荒削りなビジョンを打ち出し、官僚がそれを肉付けするというのではなくて、現実は、官僚が自分の役所の範囲で都合のいいビジョン・政策をつくり、その実現のために大臣などの政治家を利用するようになっている。政治家も票になるならと安易に動く。政治家は官僚の掌の上で踊っているのだ。これを亡国を言わずして何と言うべきか。 

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2008年8月10日 (日)

消費者・投資家が力を持ち、市民が力を失ったというライシュ

 ロバート.B.ライシュ著『暴走する資本主義』(雨宮寛/今井章子訳)を読んだ。原題の『Supercapitalism ーThe Transformation of  Business ,Democracy ,and  Everyday  Life』のほうが内容に即していると思う。

 著者によれば、技術革新、グローバル化、規制緩和の3つによって、経済における権力が消費者および投資家にシフトした。企業は消費者を引き付けるために、コスト引き下げなどを行なって安く売ることに必死になる。また、株主・投資家に見放されないように利益を増やすことに懸命に努める。そして、競争上、法規制などで不利にならないように、政治家に働きかけたり、世論誘導にあの手この手を使う。資本主義が民主主義を侵略しているというわけだ。

 現在の資本主義を「超資本主義」と呼ぶ著者は、したがって、資本主義を民主主義から分離し、両者の境界線を守る必要があると主張している。

 超資本主義をわかりやすく説明しているのはウォルマートについての記述である。ウォルマートは世界最大のスーパーで、安く売ることを使命としている。消費者にとって安いというのは大変な魅力だが、そこで働く従業員の年間給与は1万7500ドル、1時間当たりにすると10ドル弱にすぎない。年金保障もなく、健康保険手当も雀の涙。同社は「賃金と福利厚生を低く抑えるためなら何でもする」。労働組合を嫌い、以前、労働組合が誕生した店舗を閉鎖したりしたこともある。〔日本のワーキングプアを連想した。〕

 他社との競争に負けない売値の安さを貫くには、仕入れをとことん安くするため世界中から調達するとか、主要なコストである人件費を低くしていくしかない。そうして高めたウォルマートの収益力に着目して、年金基金や投資信託などが同社の株式を保有している。超資本主義のもとでは、こうしたメカニズムはすべての企業に当てはまり、ウォルマートだけを対象とする批判は的はずれだという。

 ウォルマートのCEOの年収は2005年に手取り1750万ドルだった。平均的な従業員の賃金の約900倍である。しかし、有能な経営者は少なく、そのため、奪い合えば、高くなって当たり前だという。株主・投資家にとっては、会社の利益を高める経営者には高給を払うのは不思議でも何でもないわけだ。

 CSR(企業の社会的責任)に厳しい見方をするライシュは、「企業の経営者たちは、誰からも自社の利益と公益とのバランスを図ることを求められてはいないし、また彼らにそのような良心的計算をするだけの専門的知識もない」と言い切る。そして「それだからこそ私たちは政府が国民を代表してそうした線引きを行う民主主義の世界に生きているのだ」と述べる。

 私たちは仕事で生活の糧を得る。多くの人たちが企業人・組織人であり、他方、消費者・生活者である。あるいは地域の住民である。自分が働く会社の製品が安く買い叩かれるのはいやだが、消費者としてはより安く売っている店を選ぶ。地域の商店が衰退してもだ。私たちがそういった二面性を持っており、それが行き過ぎると、ライシュが指摘するような問題が起きてくることがよくわかった。ただ、処方箋については、日本なりにいろいろ考えられるような気がする。

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2008年8月 3日 (日)

農業の直売所は成長市場とか

 一橋大学の関満博教授といえば、ものづくりを中心に地場産業の復活・再生を研究してきた学者だ。エネルギッシュに現地、現場を駆け巡り、近年は中国の工業化にも研究の対象を広げていた。そのご本人が8月1日、東京で開催された「地域力創造シンポジウム」で基調講演した際、研究分野を農、食、暮らしを軸にしたものに移したと語った。「私はいま発見の喜びにひたっている」という。

 地域と産業・企業の関わりを専門とする同氏は、ものづくりに当てはまる市町村がいまや全国で300ぐらいしかないと指摘し、ものづくりを軸とする地場産業の復活、再生といった議論は苦しくなってきたと述べた。そして「こうした研究を35年間やってきたが、もううんざり。研究者には新しい発見がないと駄目だ。正直言ってあきあきしていた」と“告白”した。

 同氏によると、農業は農林水産省関連の産業で、経済産業省が扱う産業とは断絶がある。県庁などでも、商工部と農業とは別になっている。また、農業経済学はほとんどマルクス経済学で、大学の経済学部には講座がなく、農学部の中にある。要するに、完全に別々の存在である。しかし、中山間地域を歩いてみたら、農業に市(いち)ができ、それが発展してきた結果、地域と産業・企業の関わりという同氏の研究分野にぴったり合うものになっていたというわけだ。

 農家が無人販売所で野菜などを売るようになったのは約60年前、そして農家の女性たちが数人ないし数十人集まって直売所を始めたのは20年ぐらい前という。農協がたかをくくっているうちにどんどん増え、いまや、いいものは直売所に持ち込み、そうではないものを農協に出すようになっているとのこと。農協も5年前に直売に参入したが、こちらは生産者の顔が見えないという欠点があるそうだ。

 直売所での売り上げはいまや年間6千億円を超えて、年々10~15%伸びている。同氏は「最後の成長市場」だと指摘する。そして、「中山間地域の明日を切り拓くのは直売所、加工場(集落の農家が直売所で売るため加工する)、農村レストラン(集落の農家が共同で地元の材料を使って飲食を提供する)の3点セットだ」という。いずれも、農家の奥さんがたが営むものだ。

 直売所を始めたことで現金収入を得、預金通帳を持つようになった農家の奥さんがたは買いに来るお客さんと話すようになり、顧客ニーズを知るようになった。その結果、例えば、農協の指示に従って全国一種類だった大根づくりが、いろいろな種類をつくるようになったそうだ。また、直売所などで経営の面白さを知った奥さんがたは高齢者であろうと、元気はつらつとしているらしい。

 農協や農業経済学が全く関心をみせないうちに、直売所が核になって農業地域の市場経済化が進んでいるという実態を関教授は今後の研究対象にしていく。都市住民が知らない変化を分析してくれるのは楽しみと言ったら失礼か。

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2008年7月 3日 (木)

“新前川レポート”を読んで

 経済財政諮問会議の「構造変化と日本経済」専門調査会が2日に発表した報告「グローバル経済に生きる―日本経済の「若返り」を―」(“新前川レポート”)を読んだ。その感想を以下に――。

 「わが国がめざす10年後の経済社会の姿を描き、そのために克服すべき課題を示すものである」と鳴り物入りで始まっている。だが、書かれた内容からみると、「10年後」ではなくて、「いま」めざすべき姿ではないか。10年先の世界はまたすっかり変わっているだろう。それだと、また「10年後」に、“新々前川レポート”が必要になる。日本の存在がかすんでいきつつあるという危機感には賛成だが、10年という悠長なことを言っていられないはずだ。せめて3年間ですべての改革をすべきだ、というぐらいにすべきである。

 報告書の末尾には、「本報告で示したわが国がめざす経済社会の姿を国民が共有し、個々別々の制度改革ではなく、生産・消費、労働、金融など経済社会全体についての包括的かつ同時的な改革が、速やかにかつ粘り強く実現されねばならない。政治の強いリーダーシップの下でそれが実現されることを期待する」と書かれている。これはまさにいま求められていることである。

 報告書は、世界の現状に日本が追い付くには何をすべきか、を指摘している。その内容は、言うなれば構造改革の徹底である。しかし、いま、日本では既得権が失われるのをおそれて、反構造改革の声が与党からもあがっているほどだ。グローバリゼーションの進展、人口減少・高齢化、資源・食料の高騰、財政危機などでこれからの日本が直面せざるをえない多くの難題に対して、思考停止というか、チャレンジをこわがっている状態と思える。

 「巨額な債務、急増する高齢者の社会保障給付、加えて、人口規模からみて中高年層の政策への影響力はますます強まっている。若者には無力感が強まっている」。指摘通りであり、まさに緊急の課題なのである。「10年後」などとピントはずれなことを言っていては話にならない。

 毎回の専門調査会の審議は要旨が公開されている。それを読むと、いま、世界のあちこちで、何が起きているのかを知る。小島順彦三菱商事社長の意見はもっとも刺激的だった。日本がいかに世界を見ないで、閉じこもっているかがわかる。報告書は、世界がいま何をしているのか、を具体的に紹介したほうが説得力があったのではないか。 

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2008年6月 8日 (日)

消費者も無い袖は振れない

 会社に勤めていたころから、休日には日常の買い物に行っていた。ちょっと格好をつければ、経済記者たるもの、普段使う生活物資・サービスの価格などがわからなくてはまともな記事が書けないと思っていた。いま、年金をもらうようになり、時間がたっぷりあるので、よくスーパーやパン屋などに行く。

 それだから、最近は、諸々の物資・サービスが値上がりしていることがよくわかる。ガソリンの急ピッチの値上がりは別格として、生鮮食料品なども概して高くなっている。狭い見聞だが、チラシで特売品とされるものの値段も、底上げというか、1年ぐらい前と比較すると上がっている。特売商品には以前より客が殺到している。日本経済新聞の商品欄を読むと、相当前から、ほとんどの記事に値上がりの見出しをつけている。目下、記事を読む限り、もの皆上がるトレンドが変わる兆しはうかがえない。さりとて、値上げで国内の供給者がウハウハすることもほとんどなさそう。

 春闘がわずかな賃上げに終わり、消費者の懐具合はさしてよくなっていない。一方で、これから電力料金なども上がる。過当競争に明け暮れ、値下げがとまらないエレクトロニクス製品のようなものは例外とみたらいい。消費者は基本的には無い袖は振れないから、どこかで節約するようになる。それが、具体的に、どういう形で現れるか、興味深い。

 いまは急激なガソリンの値上がりで、まず、マイカー使用を控えるという影響が出ている。それにより、石油サービスステーションの淘汰も起ころう。また、郊外型の大型店舗やレジャー施設の客足が落ちているようで、都市の繁華街に店舗を配置転換しようとの動きも出始めているという。

 それに、“頭の体操”では、外食を少し控えるようになるとか、パンから割安な米飯へシフトするとかが起きることが想像できる。あるいは、家庭で調理する人が増えるかもしれない。しかし、不景気になって失業が増えるのは困るが、資源や穀物の値上がりを契機とする物価上昇が、日本の過剰消費(浪費?)社会を是正するよいきっかけになるのかもしれない。

 第二次世界大戦に負けた日本の戦後復興過程を体験した人々(私もその1人)の多くが、いまだに“もったいない”の意識を持ち続けているように思う。しかし、のちの世代となると、そういう意識の人は少ない。いまの物価上昇は、そうした人たちの意識を変える可能性がある。それはまた、地球温暖化対策に通ずる。

 世界のあちこちで、石油製品の値上げで仕事がピンチになった人たちの抗議デモなどが起きている。だから、お気楽なことを言うのはいささか気がとがめるが、資源多消費型の経済社会構造を変えるには、ドラスティックな出来事が起きる必要があるのではないかと考える。日本においても、いまの諸物価上昇はプラスの面を評価したい。

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2008年5月13日 (火)

冨山和彦氏の鋭い指摘

 冨山和彦氏(経営共創基盤CEO)といえば、産業再生機構COOとして活躍した人である。新聞や雑誌でたまたま読んだ彼の発言は鋭い指摘が多い。

 5月12日付け日本経済新聞朝刊の「月曜経済観測」では、「人口減少時代の成長戦略」について語っている。国・地方自治体の膨大な借金の返済を考えると「若い世代は将来に希望を持ちにくい状況に追い込まれた」と言う。「より年齢層の高い既得権者によって、若い人たちがいかに意欲を喪失させられているか」、「中高年層から若年層へ、正規雇用者から非正規雇用者へ、既得権者から新規参入者へ、という方向で所得移転を推し進めるべきだが、なかなかそうなっていない」とも言う。

 人口減を克服し、経済成長を高めるには、「再配分政策を漫然と強めるのは禁じ手だ」。もしも、それをやったら、「高インフレや大失業に見舞われ、日本経済が“アルゼンチン”化するのは避けられない」。為政者は「将来世代の利害得失とグローバル経済の深化を常に念頭に置き、構造改革に取り組むべきだ」と言う。

 また、月刊誌『中央公論』6月号では、岩井克人東大教授との対談「株主主権論と日本的経営の二元論をいかに超えるか」で、「株式会社の最大の問題は、いかに経営者を選抜し、解任するかです」と語るとともに、「日本経済の活性化には、M&Aの人材再配置効果が最も大きいと思っているんです」と述べている。

 日本では年功序列や長期雇用制をとってきたため、社会的にみた人材の最適配分が行なわれにくい。「長期信用銀行など、大きな会社が潰れた後、元社員たちが多分野で活躍していますよね。それはつまり、優秀な人材が適切に配置されていなかったことを意味します」。

 これに対し、M&Aはコアの人材に辞めないで頑張ってもらうことができれば、「組織の形を保ったまま、人を流動化させる。日本人に向いた人材再配置の手段でしょう」と言う。

 そして、グリーンメーラーのような買収に対しては「企業価値の計算しかしたことがない人が急に経営に携わるなんて無理」だと批判している。「買収側にとっても、経営陣をきちんと提示するのは、ハードルが高いんですね」というのはその通りだと思う。

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2008年3月 5日 (水)

外国の機関投資家が見た日本のコーポレート・ガバナンス

 最近の日本の株式市場不振は、売買で大きなウエートを占める外国の投資家が日本市場に魅力がないと判断しているからだといわれる。構造改革に逆行するような政府・与党の行動や、外国からの投資に閉鎖的な動きが響いているようだが、3月5日、東京で、日本のコーポレート・ガバナンスを外国人機関投資家はどう見ているのかに関するOECDのフォーラムが開催された。

 ハーミーズ・ペンションズ・マネジメント社のシニア・アドバイザー、マイケル・コナーズ氏は、バランスシートがやたら膨らんだり、意味のない事業の多角化をしたりしてROEを減らす日本の企業経営を改める必要があるとし、経営者が長期的な株主価値の最大化に努めるように、会社とは関係のない人物を社外取締役として入れるべきだと述べた。

 ガバナンスは、株主の代表として経営陣を監督することだが、コナーズ氏は「日本ではオーディオメーカーの経営者がゴルフ場を始めても監査役は反対できない」とし、監査役には影響力も権力もないと指摘した。「日本の経営者は社外取締役にふさわしい人がいないというが、それは社外取締役を理解できない表れ」と語った。

 こうした見解に対し、会場から「日本の企業は社外の人を入れたくないのだ」と賛成の意見が出る一方、反論も出された。会場からのこの反論は、06年に施行された会社法および07年に全面施行された金融商品取引法によって監査役の権限が大幅に強化されたりしたので、ガバナンスの点で社外取締役と劣らないという意見。

 これに対し、コナーズ氏は企業が経営戦略を議論するときに、社外取締役のほうが深く入り込めるなどと述べた。

 聞いての感想:社外取締役を選ぶ際、CEOなどが自ら選ぶとなると、自分たちに都合のいい人を選びかねない。したがって、英国には社外取締役を斡旋する第三者機関があるという。そういったところまできちんとしないと、経営者に対する監督機能は果たせない。日本の監査役制度の改善は進んだが、まだ足りないように思われる。

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2008年2月15日 (金)

デイトレーダー云々で話題の経産省次官講演

 北畑隆生経済産業省事務次官が1月25日に財団法人経済産業調査会で行なった講演「会社は株主だけのものか? ―企業買収防衛策・外為法制度改正・ガバナンス―」が話題となっている。2月14日の記者会見で、北畑次官は週刊誌などで批判された発言について、「デイトレーダーの方に対して失礼な表現をした」、「競輪ファン、競馬ファンという言い方もいたしました。これも適切でなかった」とお詫びした。

 同次官は、調査会に無断で録音し、メディアに持って回った人がいたことを問題にしているが、いまどき、そういうやからがいることを想定せずに、わかりやすくと、つい口がすべったのは軽率だと言わざるを得ない。

 それはそれとして、調査会がまとめた公式の講演録が経済産業省のホームページに載っている。企業買収などで、会社は株主のものという面が強く出ているが、同次官は、本来、会社は株主、顧客、従業員、地域社会など多様なステークホルダーのものという、いまでは当たり前の主張を展開している。

 ただ、同次官の講演は、長期に保有する株主と、もっぱら短期的な売買をする株主とを分けて考えていて、後者について「デイトレーダーが会社の経営者だといっても、実体的にはどうも納得感が得られません」、「この会社はもうだめだと思ったら、株主は見限って出て行くのが容易です。よくいわれる経営者のモラルハザードだけでなく、株主にも随分モラルハザードが生じうるのです」と言い切っている。

 そして、「少なくとも経営責任を有する主体として株主を考える際には、同じ株主でも、会社と同じ船に乗る株主とそうでない株主に分けて考えなければならないだろう」、「会社も株主を選ばなければならない。そのためには、経営者がはっきりと会社の方針を株主に示すことで、自分たちの会社の方針に共感してくれる方に株を持っていただけるよう努力することが大切なのです」とまで言う。

 それらの二つを制度的にも分ける方法として、「会社の長期的な利益についてあまり関心がない株主と、(中略)長期的に会社の利益を最大化することに関心を持った株主を分けて、それぞれの多様なニーズに応える株式発行形態がとれないか、と考えております」という。そして無議決権株・多議決権株といった種類株式の発行と取引所上場を推進するとしている。

 北畑次官の基本的な認識は「少なくとも短期的な利益を追求する類の株主と多くの日本の経営者との考え方は違っています。会社を存続させ社会貢献を持続させることを重視し、そのため、配当よりも将来のための投資に向けた内部留保を重視してきたのが日本の経営なのです」というところに示される。

 しかし、講演で示された同次官の認識はかなり偏っていると思う。株式市場は長期投資だけで普段の売買がなくては適切な価格形成ができず、市場としての機能を欠く。投機が同時に必要である。また、会社と同じ船に乗って沈没することが予想できても株式を売れないというのでは、譲渡の自由を否定するもので、株式会社制度の根幹にかかわる。

 また、過去の日本型経営では、会社の経営者は大株主を丁重に扱ったが、零細株主を概して軽視し、冷遇してきた。また、大企業であっても、○○偽装が次々に発覚しているように、内に閉じこもった経営で、およそ外に開かれた経営ではなかったところが少なくない。

 そういう経緯を踏まえると、まだまだ、日本の企業にとっては、社員、経営者にとって都合のいい経営をしてきたのを改め、ステークホルダーの一員として株主をまともに遇するという課題が残っていると思う。

 企業買収に対する防衛策のありかたについての同次官の話は参考になった。一読をお勧めしたい。

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2008年2月13日 (水)

トヨタが春闘相場を決めると内需振興にならない?

 サブプライムローンに端を発した世界経済の暗雲は心配の種だが、日本は財政、金融とも景気対策で打てる手が限られている。したがって、総需要の6割程度を占める消費の拡大に期待する声があがり、格差問題、生活物価上昇等もあって、ことしの春闘の賃上げには政界、経済界においても、出せる企業は出せという好意的な見方も多い。

 そうした情勢の中で、自動車業界の労働組合である自動車総連の主要労働組合が13日に総合生活改善の要求を会社側に提出する。総連としての統一要求は、平均賃金引き上げが1000円以上、年間一時金が5ヵ月以上である。

 春闘相場を大きく左右するトヨタ自動車はどうかというと、同社の労働組合は1500円の賃上げ要求をするという。昨年も1500円の要求で、1000円の回答で妥結したが、ことしは「満額とってもらわねば」(高木連合会長)と外野の期待も大きい。

 トヨタは毎年、好業績を挙げてきているが、従業員に対する利益の還元はもっぱら年間一時金の増加で報いてきた。一時的な好業績ではないのだから、本来は、ベースとなる基準内賃金を上げるべきだが、それをしないできた。その結果、毎年、経済界で「あのトヨタでさえ、あの程度の賃上げしかしないのだから‥‥」という経営側の口実に利用され、春闘全体の賃上げ抑制が続いてきている。

 トヨタは総資本の代表的企業だから、同社の経営者は、賃上げ抑制による日本産業の競争力維持に努めてきたと自負しているかもしれない。ある時期までは、それが日本企業全体の体質強化に貢献したことは否定できない。だが、さすがに、ここまで来ると、春闘に対するトヨタの姿勢は、かえって内需振興による日本経済全般の回復の足を引っ張っているのではないかという見方も成り立つ。

 実は、連合はトヨタ労組に2000円の賃上げ要求をするよう働きかけた。しかし、それは拒否された。仮にだが、トヨタ労組が2000円を要求し、満額回答を断固かち取ったら、部品メーカー、下請け業者の労働組合もいままで以上の賃上げを獲得でき、また、ほかの産業の春闘にも影響が及ぶだろうから、それこそ内需主導型の日本経済に一歩前進することになる。しかし、日本一の企業であるトヨタの労組には、元来、そういう発想がない。

 トヨタ労組の綱領を読むと、「労働者の生活安定と産業・企業の発展は車の両輪」とあるが、「産業・企業」というのはトヨタ自動車のことである。そして、「現実には、大、中、小企業のおかれている条件は、必ずしも同一でない場合もあるので、大企業労働者の独善性、中・小企業労働者の依存性をともに払拭し‥‥」と言い切っている。戦後の混乱期に辛苦を重ねたトヨタ労組にとっては、生産性の向上による企業基盤の確立こそ優先すべきであり、他社や天下国家の立場には立たないことが基本的なスタンスである。それがいまの日本経済にとっては不幸なことかもしれないのである。

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2008年1月26日 (土)

日本がアジアの金融センターになるのは至難

 「金融・資本市場改革の方向性」に関するシンポジウム(1月26日)を聞いた。池尾和人慶応大学教授、松尾直彦東京大学教授(前金融庁金融商品取引法令準備室長)、斉藤惇東京証券取引所グループ代表執行役社長らが講演とシンポジウム(司会、上村達男早稲田大学教授)に登場、日本の金融サービス産業が強くなるために乗り越えるべき問題点を指摘した。

 日本経済が発展するには、製造業以外に、「国内で雇用と税収を生む産業を拡大させなければならない」(池尾氏)。その有力候補が金融サービス産業だという。そのための基盤づくりが金融商品取引法の成立、新しい会社法の制定などである。しかし、ロンドン、ニューヨークに追い付くどころか、アジアの金融センターとしての地位を確保することさえも危うい。そうした実態が各論者から次々と明らかにされた。

 印象に残った点を紹介すると、まず、池尾氏は講演で、シンガポールなどが国家的優先課題として金融・資本市場の強化に取り組んでいると紹介したうえで、日本は金融でも食っていくのだという金融立国の覚悟を持たないでいいのか、と迫った。金融サービス産業の意義を理解せず、マネーゲームで食うなんてという考えがいまだにあるように、金融立国のコンセンサスはまだ日本にはないからだ。

 松尾氏は金融商品取引法制の基本的視点として利用者の視点、市場の視点、国際化の視点の3つを挙げ、国際化の視点に対して、日本の金融機関が冷ややかだと述べた。また、「品位ある(インテグリティ)ビジネスをするため、外資系企業は金融庁によく相談に来るが、日本の金融機関は来ない。この点でも日本の金融機関は負けている。いまの日本の金融機関は20年間、体質が変わらない。官僚制そのものだ」と厳しい見方を示した。

 斉藤氏は「日本は個人が異様にリスクをとる社会、プロがリスクをとらない社会だ」と述べた。日本に対する外国からの投資は機関投資家によるものだが、日本では、外国への投資を個人がいきなり行う。こんな国はないという。日本について「こんなにカネのある国はない。預貯金をリスクマネーに転換するだけで金融サービス産業は爆発的に大きくなる」と語った。

 さらに、斉藤氏は「外国の金融関係者は日本は予見性がないので信用できないと言っている。同じことが検査によって良かったり、悪かったりと異なって判断されるからだ。また、海外投資家が日本株への運用を行うとき、運用の意思決定拠点が日本とみなされると日本でも課税されるというようなことでは、運用会社は日本からシンガポールなどに拠点を移す」と。「日本政府は軍事技術の流出防止のために外国為替管理法を改正し、10%以上の株式取得規制を導入したが、いくつもの年金などを抱えているフィデリティなどはすぐ引っかかる。そこで、事前申請で詳しく報告するから、見掛け上10%を超える取得であっても認めてほしいと言ったがノーだったという。硬直的だ」とも述べた。

 これに関連して、松尾氏は「官僚が国内の視点だけでやるからそうなる」と語った。同氏によれば、「金融庁内でも、強いのは国内派だ。英語が最大の問題」だそうだ。斉藤氏は、英語ができる人材が日本に少ないことから、日本の教育制度に疑問を投げかけると同時に、日本の金融人材が乏しい理由の1つとして、日本の金融機関のキャリアパスに問題があることも指摘した。

 このシンポジウムを聞いて、日本の金融サービス業が強くなって、日本の経済発展に貢献するようになるには、思っていた以上に、いろいろ厄介な障壁があるなあと痛感した次第だ。

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2008年1月24日 (木)

サブプライムなどについての野口悠紀雄氏の見方

 24日に東京都内で開かれたセミナーで、野口悠紀雄早稲田大学大学院教授が現在の経済問題のいくつかについて見解を述べた。それを要約するとーー

 ・〔サブプライムローン問題と株価下落について〕日本の金融機関はほとんど持っていないのに、株価は米国よりも大きく下げている。これは日本の産業構造と深い関係がある。日本の景気回復は輸出の伸びによるもので、これは円安によってだった。昨年夏には歴史的な円安になった。いまは急激に円高になってきて、収益の悪化が予想される。サブプライムローン問題で欧米金融機関の行動が変わったから円高になった。

 サブプライムローン問題は金融工学のせいか。そうではない。証券化によってリスクが分散されたことは進歩だ。リスクをコントロールすることは我々の暮らしを豊かにする。ただ、プライシングがかなりいい加減だったと思われる。例え話をすれば、飛行機の操縦が下手で墜落したからといって、飛行機それ自体を否定すべきではない、それと同じだ。

 ・〔格差問題について〕個人間格差と地域間格差の2つがある。個人間格差は日本では比較的なかったが、最近は賃金と資本所得(配当、役員報酬とか)の間の格差という新しい問題が出てきた。地域間の格差を日本では税を使って是正しようとしているが、これは不健全なやり方だ。そのやり方は、助けるだけで本質的な解決にならない。地方の経済的活力を引き上げることをやるべきだ。

 ・〔再生紙の古紙パルプ配合率偽装について〕この問題はマーケットのシグナルを無視してはいけないという重要な示唆を与えている。中国が日本の古紙を買うから古紙が値上がりし、日本の製紙会社の古紙使用コストが上がった。しかし、グリーン購入法の規定は古紙100%とか硬直的だから企業は古紙配合率を下げることができない。一方で、古紙使用が多いほど環境コストが高くなることがある。中国など新興国の経済発展による需要増が世界の資源や環境に大きな問題となる時代になった。

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2007年12月12日 (水)

損失も株式取得もケタが違いすぎる

 スイスの大手金融機関、UBSが米国のサブプライムローンに伴う新たな損失として100億ドル(約1兆1千億円)の評価損を計上すると発表した。米シティグループもUBSを上回る損失を公表している。驚くのはこれら欧米金融機関の損失の大きさだけではない。資本補強のため、外国の政府系ファンドから受け入れる投資資金の規模も目をむくほどの大きさだ。

 UBSはシンガポール政府投資公社(GIC)に1兆1千億円の転換社債を引き受けてもらったほか、中東の投資家にも2千億円の転換社債を引き受けてもらった。先月には、シティグループがアブダビ投資庁から8千億円の出資を受けた(日本経済新聞11日付け朝刊)。

 ほかの産業分野に目を転ずると、資源大手の豪英BHPビリトンが先月、やはり資源大手のリオ・ティントに買収を提案した。金額は1200億ドル(約13兆6千億円)を超えるといわれる。そのリオ・ティントはカナダのアルキャンの買収にかかっていたところに、BHPビリトンが買収を申し入れてきたわけだ。

 この話が表面化すると、中国の宝山鋼鉄集団公司が鉄鉱石の価格吊り上げを懸念し、リオ・ティント買収を検討していると表明した。さらに、中国の外貨準備の一部、2000億ドルを運用するために9月に設立された中国投資公司が宝山鋼鉄と組んでリオ・ティント買収にかかることを検討していると明らかにした。

 こうした動きが示すのは、第一に、民間企業の株式(いずれ株式に転換できる転換社債を含む)を取得するのに動く資金規模が大きいものでは兆円単位~10兆円単位になってきたことだ。第二に、国家資金が株式取得や買収に大々的に使われるようになったことである。グローバリゼーションのもとでの資本の自由化は、民間企業の間での競争の段階から、国家資金までもが動員される段階に移行したと言えよう。

 こうした新たな局面に対し、日本の企業は、あるいは日本の国家は十分な心構えや迎え撃つ態勢ができているか。シンガポール政府公社やアブダビ投資庁のような株主は経営権を握ることは考えていないだろうが、BHPビリトンなどの買収の話は経営権をねらったものだ。鉄鋼では、世界最大のミタルが新日本製鐵などに買収を仕掛けてきたとき、買収を自然な経済活動とみなすべきか、日本経済に悪影響があるとして政府が阻止に乗り出す必要があるか。

 1年以上前だったと思う。中国の政府系企業が米国の石油会社を買収しようとしたら、米議会が反対し、買収話はやめになった。そうした歯止めが必要か、まじめに考える時期である。私個人は、主要な業界においては、外国資本に支配されていない企業が1社ぐらいはあったほうがいいと思う。その業界に1社でも日本に根ざした有力企業がいれば、同業の外資系企業に影響を及ぼすし、日本の経済社会の事情を踏まえて活動することが期待できるからだ。

 外国に本社がある企業は、支配下に置いた日本企業から技術やノウハウなどを取り込んだあと、日本の拠点を縮小・廃止することがあるし、世界的なリストラを行うときに、雇用など日本の事情を全く考慮しない。ドライである。もちろん、日本の企業にしても、海外に工場を移転したりしている。だが、それは最後の最後の手段としてである。

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2007年12月10日 (月)

原田泰氏に学ぶ官民賃金格差と地域経済発展度合の相関

 月刊雑誌『文芸春秋』の新年号が「暴走官僚」の特集をしている。税金の濫費については、国家公務員や地方公務員のムダ遣い、とんでもない各種手当、民間より相当に高い賃金などを紹介している。これまでにも指摘されている事例が多いが、厳しく批判されてもなかなか改まらない。

 人事院や総務省は自分もそうである公務員の利得を損ねるようなことをしないし、労働組合のナショナルセンターも、構成メンバーの公務員の利得を守ろうとする。与党は官僚の掌で踊っているようなものだし、民主党は連合などを有力な支持基盤とする。ということから、歳出の徹底的な見直し・削減は日暮れて道遠しだ。一般の国民はそろそろ堪忍袋の緒が切れていいのではないか。

 たまたま読んだ「NIKKEI NET」のビジネスコラム「経済学で考える」第66回「官民賃金格差と地域の発展」(原田泰 大和証券チーフエコノミスト)は、官僚の賃金が高いせいで、地域住民の所得水準が低いのだ、と論証し、官民格差の解消が絶対に必要であることを教えてくれる。

 「公務員の賃金水準が高い都道府県ほど、都道府県の所得は低い傾向がある」ことをデータで示したあと、原田氏は、地方の経済が沈滞していて公務員のほかに仕事がないのなら、有能な人間を安い賃金で公務員として雇えるはずだと言う。しかし、「公務員の賃金が地域の賃金水準よりも高ければ、有能な人材が公務員になり、ビジネスには集まらない。だから、地域の経済発展が遅れるのではないか」と指摘する。

 科挙制度の中国が長い間の停滞を打ち破ったのは、改革開放路線で有能な人材が民間のビジネスなどに携わるようになったからだ、と同氏は言う。日本の官僚天国は、科挙制度の中国と似ているのかもしれない。 

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2007年12月 2日 (日)

「金融・資本市場競争力強化プラン」とは大げさ!

 経済財政諮問会議の金融・資本市場ワーキンググループが11月30日に「金融・資本市場競争力強化プラン」(仮称)の検討状況を報告、議論したという。

 そこで議論されている課題の1つは、証券取引所と商品取引所のいずれも、限られた商品しか扱えないので、諸外国の取引所のように総合的に幅広く商品を扱えるようにすべきではないか、という点だ。即ち、株式、債券、商品先物、商品(現物)は無論のこと、さまざまなデリバティブ(金融派生商品)をも含めて、どこの取引所でも手広く扱うようにしようという話である。

 すでにロンドンでも、ニューヨークでも、シンガポールでもやっていることだが、これまで日本でなぜ簡単にできなかったのか。その理由はいたって簡単、官庁の権限争いである。

 リスクのある金融商品という切り口では株式も商品先物も変わりがないから、英国のように1つの法律で規制したらいいのではないかという考え方が10年以上前にあった。しかし、証券取引所を所管する大蔵省と、商品取引所を所管する通産省・農林省は、自らの権限を失いたくないので、限られた自由化・国際化にとどめた。もちろん、一本化というような改革をしようとすれば猛烈なエネルギーが必要だが、そんなことまでしようという意思も意欲も官僚たちにはなかった。そういう事情もあった。だから、これまで異なる法律のもと、異なる所管官庁のもとで、各取引所は狭い分野の商品だけを扱ってきた。

 ワーキンググループの見解は、各取引所が幅広く商品を扱えるようにするが、商品の規制は金融商品取引法、商品取引所法それぞれによるということにするようだ。それだと、役所の縦割り権限は残るから、天下りポストはいままで通りだ。しかし、木に竹を接ぐような面もあるから、使い勝手はよくないだろう。

 こんな程度の改革なら、10年前でもやろうとすれば、やれたはずだ。日本の行政は、いつも、ロンドンやニューヨークを後追いするばかりで、先を読んで欧米よりも一歩前に出るという発想がない。ファイアウオールの緩和・撤廃、市場監視体制の整備などの課題もやはり後追いである。これでは、国内の銀行、証券会社などもほとんどが内弁慶から脱皮できないし、世界に伍す金融・資本市場を形成することも難しい。

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2007年11月19日 (月)

世界を見ない内向きの日本ーー斉藤惇東証G社長の話から

 先週、東京証券取引所グループ代表執行役社長兼CEOの斉藤惇氏の会見を聞いた。かつて野村證券にいて海外駐在が長かった関係で、世界の中で日本はどうか、という視点を持っている。その話は示唆に富んでいた。

 彼の話を私なりに解釈して以下に書く。私なりの勝手な受け止め方になっている部分もあると思う。

 バブル崩壊後、日本経済が停滞を続けている間に、他の主要国はGDPが伸び、証券資本市場も時価総額で大幅に増えた。米、英、シンガポール、中国などは世界の主要な金融資本市場を持つ国であり続けたいとか、なりたいとか、で懸命だ。それが端的に表れるのが税制である。

 日本の市場に欠けているのは、金融資本市場を強化するための国を挙げての総合戦略だ。「貯蓄から投資へ」を実現するための税制をとっていない。いまだに有価証券の二重課税をやめるどころか、20%か10%かと言っている。

 日本が負けないためには、商品選択の幅を広げる、国民のリテラシー(基礎的知識)を上げる、先進国並みの証券税制を採用する、の3つが必要だ。新しい金融商品を出そうとするたびに金融庁長官のOKが必要だとか、金リンクのETFが認められないとか、リスクヘッジが認められないとか、日本は役所の規制がまともな市場の形成を妨げている。

 米国は証券資本市場を徹底的に利用して国民が富んできた。年金を例にとっても、米国は世界の成長国や成長企業に投資して、運用利回りが平均して年7、8%とかになっているが、内向きな日本は極端に低い利回りだ。ハーバード大学は高い運用利回りで得たカネをもとに、世界中のすぐれた頭脳の若者を留学させているという。日本の年金が運用のプロを雇って運用させたら、公的年金の運用利回りが先進国並みに高くなり、年金財政に余裕ができる。いまの深刻な年金問題ももっと明るい展望が描けるかもしれない。

 金融分野に就職する人の割合は米8%、英10%、日本2%。金融の分野は他分野への相乗効果が高く、会計事務所・監査法人、コンサルティング、ホテルなどが発展する。

 会計基準などは世界ですべて同じというように収斂していく。日本人が皆、英語で仕事をするというのも限度がある。また、東から陽が昇るので、1日の中で真っ先に市場が始まる日本は、日本の模様を見てから判断できる陽の沈む国よりも不利だ。この言葉と地球の自転とを考えた国際化がありうると考える。

 従来の東証やマザーズ、ジャスダックなどと全くルールが違う取引所をつくりたい。それは、すべて英語で行い、国際会計基準をとり、4半期報告は不要、引受人が情報公開責任を持つ、など。ロンドンと一緒にやりたい。

 サブプライムローン問題は2年前からシステマティックリスクといわれてきた。短期資金で長期資産をという異常なミスマッチであり、マネジメントの問題だ。数理を得意とする若い人たちがやっている業務の内容を上司は理解できない。ウォッチする人がいない。そこがまずかった。

 感想:日本では貯蓄は預貯金でという人がまだ大半。そして、相続税が安いことから、不動産への投資に偏っている。株式など証券投資をまともな財産形成の核と考える人が少ない。しかし、日本を代表するビッグビジネスは外国人株主が半分ないし半分強を保有している。企業成長の果実(株の値上がり益)の相当な割合を外国人が享受している。一方で、金融機関はリスクのある企業に融資をしたがらない。新しい企業が育たなければ、私たちの雇用もないし、所得もない。ここはやはり証券資本市場を強くする必要がある。投資家がリスクのあるベンチャーに投資し、失敗もあるだろうが、成功もある、平均して高い利益率が期待できる、そうした証券資本市場を税制や法制の面でつくることが政治に求められる。財政再建にしても、経済発展なしではしんどい。 

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2007年10月 9日 (火)

トップの条件10ヵ条

 日本の製造業のビッグビジネスでナンバー2まで務めたKさんは、ミドルが求めるトップの条件10ヵ条を次のようにあげている。合わせて、トップが求めるミドルの条件もいくつかあげている。

 〔トップの条件〕①「情にとらわれるな」。非情に徹すべし。②「自分を捨てる覚悟が必要」。③「人事がすべて」。トップもやることはほとんどこれに尽きる。④「出処進退を毎日考えよ」。⑤「後継者を育てること」。これはトップが一番やるべきことだ。⑥「公平、公正、公明であれ」。⑦「人の意見に耳をすませ」。そして決断は自分がすること。⑧「決断力」。会社を変革するには、反対論を抑えてでも自ら決断せねば。⑨「厳格でなければならない」。⑩「タフでなければならない」。

 〔ミドルの条件〕①「絶対に仕事から逃げるな」。仕事はどこまでも追いかけてくるから、こっちから追いかけろ。それでないと道は開けない。②「プロ意識を持て」。自分の与えられた仕事については社内で一番になれ。③「決して責任を回避するな」。部下に責任を押し付けるな。④「部下の先頭に立て」。⑤「説得力を養え」。上司をも説得できるようになれ。⑥「仕事の流れを知れ」。ここぞという勝負どころがわかる。

 自らの会社生活を振り返って、Kさんは「人生は95%が雑事。その雑事をむだにするな。きちっとやれ」と。また、「側近中の側近にはなるな。やむをえずなったときは、遠ざけられている人に目をかけてやれ」という。実力者もいつかはやめるから、そのときに、飛ばされることのないように備えておけ、ということだ。

 一サラリーマンとして苦労し、偉くなったKさんの「トップの条件」などの1つ1つは実体験に裏付けられているから、説得力がある。逆に言えば、これらの「条件」に適合するトップやミドルがいかに少ないかという解釈もできる。

 Kさんの勤めたビッグビジネスはいま経営面でいろいろ課題を抱えている。その根本原因は大企業病である。「大企業病というのは、1つには、皆が責任を回避すること、いま1つは異質なものを排することだ」という。「大企業にはアタマのいい人が集まるが、アタマのいい人ほど責任回避もうまい。また、皆と異った意見をいう人材を排斥する。アタマのいい人は保護色のように皆と同じ色になる」と評する。そうした大企業病を治すには、日産自動車にゴーン氏が来たような荒療治が必要かも。

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2007年8月31日 (金)

超低金利政策を続けるだけでいいのか

 日銀が超低金利政策を続けている。金融政策のプロが議論して決めているのだから、素人が口を挟む余地はない。でも、疑問はずっと残っている。

 第一に、多くの人は日本経済がよくなっていることを実感している。にもかかわらず、歴史的な超低金利が長く続くというのは変だ。早晩、景気循環の下降局面を迎えるが、そのときに、金利引き下げという政策手段がとれないのは非常に困った事態である。その際、おそらく、財政による景気浮揚に頼ろうとするだろうが、それは政府の借金をさらに大きくし、財政破綻に近づく。

 これまでも日銀はデフレ脱却か否かを物価で判断してきたように思う。しかし、グローバル経済のもとでは、企業のコストダウン努力などのため、物価はそうそう上がらない。実態経済の活況を見れば、デフレか否かを、金融政策を決めるものさしとすること自体がおかしいように思う。水野温氏審議委員以外の日銀審議委員たちは現実よりも理論を重視しているのだろうか、とすら言いたくなる。

 日本が超低金利政策を変えないというので、日本で安い金利の資金を調達して外国で運用すると確実にもうかる。このため、外国のファンドなどがうまい汁を吸ってきた。だが、それが国際的なマネー投機の行き過ぎを招き、米国のサブプライムローン問題にもつながっている。

 また、政府・日銀が超低金利政策を続ける背景には、膨大な国債発行残高がある。短期金利を上げれば、長期金利も上がるだろうから、国債金利の支払い増加を招き、財政運営がより難しくなる。いまでも政府の債務は増え続けているのだから、政府としては何が何でも超低金利状態を維持してほしいだろう。

 しかし、金利水準が正常化することによるプラス面をきちんと評価すべきではないか。まず、金利が上がれば、預貯金金利が高くなり、預貯金者の懐をうるおす。また、円高になるから、購買力が実質的に高まる。したがって、内需が拡大し、輸出一辺倒の景気上昇の歪みを是正するだろう。メディアはいまもって円高が輸出産業にマイナスだという点を強調するが、円高は私たちの生み出す付加価値が国際的にみて上がることである。

 金利上昇による財政への負担増大は、政府がいかにサラ金的な経済運営をしてきたか、また、私たちの暮らしもそれに甘え、乗っかってきたかを反省するきっかけとなる。ない袖はふれぬ、という基本に立ち返るいい機会である。

 超低金利を続けることは、異常状態に慣れてしまった政府・日銀の怠惰の表れだと思う。経済界も同様だ。学者・エコノミストぐらいはしっかりしてくれないといけないが‥‥。 

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2007年8月18日 (土)

サブプライムローンが震源の株価大幅下落

 17日の日本の株式市場急落は右肩下がり。途中で上向く様子はほとんどなかった。新興国の市場も含めて今週は世界の株式相場が大幅に低落した1週間だった。

 この株価下落は、米国の住宅価格下落などによるサブプライムローン(低信用個人向け住宅融資)の焦げ付きに端を発しているとのことだが、しろうとの目から見て、いろいろ疑問がわいてくる。

 住宅価格が下がれば、たちまちローン返済に窮する人が出てくる、というのは、相当に無理なビジネス。それを住宅ローン会社はわかっていたはずだ。住宅ローン会社はローン債権を担保に金融機関から資金を調達したり、ローン債権を証券化してリスクを機関投資家などに分散していたようだが、融資金融機関や機関投資家はサブプライムローン自体の無理な仕組みを承知の上で、高リターンでもうかるから、という単純な発想で融資ないし投資をしたのではないか。

 ヘッジファンドなどは投資の対象の選定、売買などで高い成果をあげるため、調査や運用の専門家を抱えているが、投資対象1つひとつのリスクについてどこまで知っているのかと疑問に思う。サブプライムローンについていえば、その仕組みや構造的な問題点まできちんと理解してから投資に踏み切ったのか。

 まして、投資ファンドに資金運用を委ねている機関投資家など(の担当者)がそうしたリスクに関して十分に理解していたか疑わしい。人は自分個人の資産運用となると真剣だが、他人のカネとなると、判断が甘くなるからだ。

 投資ファンドなどでは運用担当者などに対して運用成果に応じた報酬制をとっている。それによって真剣に仕事をしてもらうわけだが、そこにも問題がある。即ち、運用に失敗しても、せいぜいクビになるだけだから、彼らは大きな報酬をねらって、どうしてもリターンの大きさを追求しがちになるのである。その結果、滅多に起きない大きなリスクに対する備えがおろそかになる。

 金融派生商品(デリバティブ)など、しろうとにはわけのわからない投資商品が増えれば増えるほど、金持ちあるいは年金、投資信託などの機関投資家は資金運用の専門業者に運用を委せる傾向がある。多くの年金基金は毎年の運用成果を比較して、どこに運用を委託するか決めている。また、個人の株式投資でも「一任」のように、運用を完全に専門業者に任せてしまうことすら普通に行なわれている。

 いまやグローバル化でカネの移動には国境はない。しかし、運用されている投資資金の大半が運用のプロの手に委ねられているのである。何年かに1度しか訪れないリスクを気にしていては、やっていられない運用のプロの手にだ。それだけに、大きなリスクが顕在化すると、プロたちはいっせいに同じ方向に動く。世界的な暴落を引き起こすこうした構造に制約を課さないと、もっと大きな危機を招くおそれがある。短期資金の国際間移動に規制をかけることが必要かもしれない。 

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2007年5月30日 (水)

まじめにCSRに取り組め

 いま経済界で流行の1つがCSR(企業の社会的責任)である。しかし、著名な企業であっても、CSRが会社の中に、つまり経営者から平社員までに本当に浸透しているかといえば、まことに疑わしい。そうした事例を3つ挙げる。

 1=最近、派遣ユニオンの関根秀一郎書記長から日雇い(スポット)派遣労働の実態について聞いた。グッドウイル、フルキャストといった大手派遣業者は1日に2.5万人とか1.5万人の日雇い派遣労働者を動かしている。しかし、そこで動員される派遣労働者は単なる労働する機械であって、全く人間扱いされていないことがよくわかった。派遣する会社は顧客事業所から求められる員数を送り込めばよいとしか考えないし、その日限りのマンパワーを求める受け入れ事業所のほうも、労働する機械がちゃんと動くよう監督しているだけ。労働者がどんな思いをしているかなんて考えもしない。

 桐野夏生の『メタボラ』には、人間性を無視した非正規雇用の一面が描かれていた。労働現場が人間の心や感情を無視していれば、社会は荒れる。正社員であっても、長時間労働などで人間性が損なわれる。人間の尊厳を踏み付けにする企業は本来、社会に存在する価値がない。

 大和インベスターリレーションズはフルキャストのインターネットIRサイトを2007年優秀企業に選んだ。しかし、そのサイトは、フルキャストと派遣ユニオンがことし2月26日に結んだ協定書について触れていない。協定書には、フルキャストが違法等の行為について謝罪したり、廃止したりしたことが書かれているのにだ。

 2=流通業界では、二大スーパーを中心に激しい競争を繰り広げている。最近は、それぞれ自社ブランドの商品数を増やしているのが目に付く。また、新聞配達の折込でくるスーパーの広告は毎日の安売り商品を大きく取り上げている。消費者にとっては安く買えるのは魅力だ。しかし、自社ブランド製品の拡大にせよ、安売りにせよ、メーカーからの仕入れ値を相当叩くことで可能になるものである。もともと、消費者と生産者とは敵対する関係ではないはずだが、スーパー、大型専門店は巨大なバイイング・パワーによって生産者に安く売れと無理強いしている。それが生産者にコストダウンの努力を促すなど、いい面もあるが、行き過ぎると、豆腐など安売りの目玉になるような商品をつくっているところが廃業に追い込まれるようなことが起こる。資源の無駄づかいになる新製品ラッシュも、流通業界の過当競争や巨大なバイイング・パワーに起因する。

 フェアトレード(公正な取引)の運動はこうした流通業界の過当競争、バイイング・パワーの行き過ぎに対する異議申し立てである。あまりにも安く買い叩かれている生産者がまともな値段で売れるようになるし、他方、消費者は直接に生産者から購入することにより品質などで安心できる。それによって生産者と消費者とが信頼と共存の関係を築くことができるようになる。グローバル競争のもとでは、きれいごとを言ってはいられないとの反論もあろうが、スーパーや、家電などの大型専門店は資源の節約、環境保全、社会の安定などの制約を踏まえた新しいビジネスモデルを模索していくべきだと思う。

 3=たまたま、15インチ液晶テレビ(6年前に購入)を修理してもらった。熱で劣化した端子基板を取り替えたとのことで、端子基板の取り替え、修理技術料、出張料合わせて2万3千円余かかった(端子基板の値段をまけてもらってのこと)。いま、同じサイズの液晶テレビの新品は実売価格で6、7万円ぐらいだろう。これでは、3RのReduceやReuseは掛け声だけになる。

 メーカーとしては新品を売るほうがもうかるだろうが、それでは私たちの社会は資源エネルギー多消費型から脱することができない。修理の際に必要な部品代は、テレビをつくったときの当該部品のコストに近い値段に抑えるべきだろう。技術料だけでも1万円はとるのだから、取り替え部品の代金まであこぎな商売をするのはやめてほしい。

 安倍首相が2050年に温室効果ガスの排出量をいまの半分にするという方針をぶちあげた。大賛成だが、いままでのビジネスの延長線では実現不可能だ。流通業界にせよ、家電業界にせよ、根底から自らの商売のやりかたを問い直さねばならない。

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2007年4月21日 (土)

金融・資本市場WGの意欲的な第一次報告

 経済財政諮問会議のグローバル化改革専門調査会金融・資本市場ワーキング・グループが、20日、第一次報告書「真に競争力のある金融・資本市場の確立に向けて」を発表した。

 国際金融センターはロンドン市場に代表される英国と、ニューヨーク市場に代表される米国の二つが圧倒的に強い。バブルの最中まではこの二者に対抗していた東京市場に代表される日本はその後、金融分野で見る影もないほど落ちぶれた。しかし、日本は、急成長を続けるアジアの一角にあって、1500兆円の家計金融資産を持ち、製造業は依然、強い競争力を持つなど、有力な国際金融センターになりうる要素を備えている。

 もし、ロンドン、ニューヨークに匹敵する金融市場を日本に築くことができれば、金融ビジネスが発展し、高い報酬を得る雇用が多数生み出されたり、国民の金融資産の運用成果を高めたりすることが期待できよう。

 こうした問題意識のもとにまとめられた報告書を読むと、東京市場をフリー、フェア、グローバルおよび自由と規律のある市場にしようと提案している。即ち、上村達男座長(早稲田大学法学学術院長)がかねて唱えている公開会社法の制定や証券取引等監視委員会を米国のSEC(証券取引委員会)のように独立性を高め、準司法的機能を持たせるべきだ、といった改革が盛り込まれているほか、証券取引所の持ち株会社化を踏まえて、商品取引所をその傘下に入れるとか、銀行業務と証券業務の兼業を禁止している銀証分離の業規制を見直すなどといった大胆な内容が盛られている。

 日本の官庁は自分のテリトリー(領分)を守るという発想でこり固まっている。もちろん、それは権限を守ろうとすることであり、天下り先を保持し続けるということでもある。だから、例えば、経済産業省と農林水産省は商品先物の分野(工業品の先物取引は経済産業省が、農産品の先物取引は農林水産省が所管)を、金融の分野(金融庁が所管)と一緒に法規制するのを拒む。 そうした時代に合わない規制が企業家精神の発揮を妨げてきた。だから、東京市場を世界の三大金融センターの一つに育てるには、この報告書に書いてあるぐらいの改革は必要だろう。だから、その趣旨にはおおむね賛成だ。

 ただ、一つだけ疑問がある。銀証分離の見直しを進めることが望ましいという指摘についてだ。銀行業務と証券業務との間にファイアウオール(隔壁)を置くのは効率性だけで言えば、ないほうがいいが、他方、顧客の利益を守る観点からはどうなのか。報告書からは、その点を十分に吟味したとは読み取れない。

 日本の大手銀行は、個人の預金者などに対するサービス意識に乏しい。だから、証券業務を兼業できるとなったら、顧客の財産を守る、増やすことよりも株式、投資信託などを売りつけて手数料をかせぐ対象としか考えないのではないか。

 日本の銀行はバブル崩壊後の経営悪化で海外業務を大幅に縮小し、いまでは、図体がでかいローカルな企業にすぎない。しかも、最先端の金融商品の開発力も弱く、業務内容は間接金融の預金・貸付中心で、旧大蔵省の護送船団行政のころとあまり違わない。そうした危機的な実態であることを当の銀行が認識していないのである。

 だから、銀証分離の見直しをすれば、資本規模の大きい銀行が証券会社を傘下に入れるという結果を招くだけだ。リスク・リターンを商売にする証券業務を、銀行の人間が管理することになると、証券業務が伸びないだろう。結果的に、日本の証券会社が消えていくことになるだけだ。

 ともあれ、安倍首相がこの第一次報告書をどこまで骨太の方針に取り込むか注目しよう。 

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2007年3月30日 (金)

姿消す二千円札

 財務省が3月29日に07年度の「日本銀行券製造計画」と「貨幣製造計画」を発表した。“製造計画”という言葉には違和感があるが、これは独立行政法人国立印刷局(紙幣を印刷)と独立行政法人造幣局(貨幣を製造)に、お札と硬貨をどれだけつくるか発注した量のことである。

 お札の日本銀行券というと、日銀が発行量を決めるように思われるが、そうではない。財務省が決める。外国為替市場の市場介入も、日銀が自らの判断で売り、買いしているように思われるが、そうではなく、財務省の判断でやっている。財務省の権限はかくも大きいのである。

 「日本銀行券製造計画」によると、07年度は、一万円札12億5千万枚、五千円札2億3千万枚、千円札18億2千万枚である。計33億枚。金額に換算すると15兆4千7百億円となる。気付いた人もいるだろうが、二千円札の製造計画はない。そういえば、二千円札ってあったなあ、というくらいに、近年、二千円札にはお目にかからない。

 二千円札はミレニアム(千年紀)および九州・沖縄サミット開催にちなんで2000年7月19日に初めて発行された。券売機、両替機などの整備が徐々に進んだ結果、2002年7月17日には流通枚数が3億枚を突破した(18日発表)。統計によると、2004年8月末には5億1310万枚までいった。

 ところが、その後はほぼ一本調子で減ってきた。鳴り物入りで導入した当時、政府は、外国ではあたまに2の数字のつく紙幣がよく使われると言っていたが、結果は違った。07年2月末現在では流通枚数は1億5855万枚しかない。ほかのお札の流通枚数は一万円札が約69億枚、五千円札が約5億枚、千円札が約35億枚である。千円札に比べると、ほとんど使われていないことが明白だ。

 二千円札の導入は財務省の思惑と全く異なり、ほぼ完全に失敗した。この失敗を知らぬ存ぜぬで押し通そうとしているのか、財務省も日銀も、二千円札についてはここ何年か黙ったままだ。今後はもう印刷・発行しないと決定するわけでもない。あいまいにしておこうというのだろう。こういうのを、お役所仕事と呼ぶ。

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2007年3月23日 (金)

9千億ドルを超えた外貨準備高

 2月末の外貨準備高は9050億ドルに達した。3月23日の朝日新聞朝刊コラム「経済気象台」は「国としても外為会計の保有資産の運用効率を上げることは重要な課題」と指摘している。

 約10年前の1996年末は2178億ドルだった。それが1999年以降、増え始めた。1999年末2881億ドル、2000年末3616億ドル、2001年末4020億ドル、2002年末4697億ドル、2003年末6735億ドル、2004年末8445億ドルと、うなぎのぼりに増加した。2004年1~3月に14兆8300億円にのぼる米ドル買い・円売りを行ったあと、為替介入はずっとゼロ。したがって、その後の利息収入などで9000億ドル台に乗ったというわけだ。

 データがすぐ入手できる1991年以降の外国為替介入実績をみると、円売りがほとんど。それももっぱら米ドル買い・円売りで、まれにユーロ買い・円売りがある程度。逆の米ドル売り・円買いは1991年5月~1992年8月と1997年12月、1998年4月および6月だけ。珍しいのは、1991年8月の米ドル売り・独マルク買いと1997年11月の米ドル売り・インドネシアルピア買いである。

 こうした米ドル買い一辺倒の為替介入と結果としてのドル資産増大は、日本が輸出立国であり、不況脱出には円安が望ましいと判断したこと、円の国際化が全く進んでいないこと、米国との経済関係を重視していることなどの要因があると思われる。しかし、それにしても、米ドル偏重は明らかにおかしい。

 過去、ドルの減価で日本政府は保有外貨資産の大幅な目減り(損失)をこおむった。今後も米ドルの価値は長期的にみて下落していくことは必至である。それゆえ、リスク回避のため、分散投資をすべきだろう。金(ゴールド)保有を増やすのは無理だとしても、ユーロなど他の国際通貨の保有割合を高める必要がある。

 問題は、なぜ米ドル一辺倒(それも米国国債が多いといわれる)の資産構成にしているのか、について、国民にきちんと説明していないことである。また、いまの超低金利と円安は企業サイドを優先する発想だが、消費サイドを重視する経済政策と比べて、より国民の利益になっているのか、の十分な説明もない。マクロ経済政策について、国民の理解可能な論争を期待したい。

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2007年3月 4日 (日)

報道内容に「そうかな?」

 今をときめくテレビ界の寵児、みのもんたが3月3日(土)夜、TBS系の番組で、国会議員20名をスタジオに集めて激しく責めるのを見た。議員宿舎や議員会館の“超豪華”な建て替えに巨額の国費を使う。その半面で、社会保障関係の保険料引き上げなどで、国民の負担は毎年、増える一方である。そこで、国会議員に対し、ぜいたくな新しい議員宿舎や議員会館に入るか否か(YESか、NOか)をその場で意思表示させる、など、国会議員をいたぶるようなので、見ていておもしろかった。

 でも、あとで少し考えてみると、疑問がわいてきた。この宿舎などの建て替えの案が浮上し、決まったのは、日本がデフレから抜け出せず、このため、国の役割は極端に言えば「穴を掘って、また埋めるだけでもいい」というケインズ経済学にもとづいて、需要を創り出すことが強く求められていた時期ではないか。21世紀に入ったばかりの当時、もし、政府が財政赤字が大きく膨らむのをおそれて、景気を下支えするための公共事業等に消極的だったら、その時点で、みのもんたは何と言っただろうか。

 日本は戦争すべきではなかった。誰だってそう思う。それと同じように、歴史を振り返って、いまの時点のものさしで過去を断罪するのはいたって簡単である。政治家をこけにする番組は痛快ではあるが、国民の政治離れにつながりかねない。財政改革をまじめに考えるうえで、この番組がプラスに作用したか、疑問である。

 番組でみせていたように、社会保障関係などでの国民の負担増繰り返しは確かに問題である。しかし、少子高齢化で毎年のように医療費などが増大しているとき、景気の低迷で税収が少ないままだとすれば、増税や保険料引き上げをするか、政府の借金を増やすしかない。あるいは、政府の何かの支出を削らねばならない。政府の借金は世界でもずば抜けて多く、財政破綻すら起きかねない状態だから、基本的には、政府の支出はもっと減らしていかねばならない。が、それも、デフレ下では難しい。このように、単純に、物事を決めるのはまずい。全体をみた議論が必要だと思う。

 国会の大きな問題点は、世界の大勢を踏まえ、日本をどういう国家にしていきたいかを全く議論せず、揚げ足とり的な議論ばかりになっていることではないか。その意味では、議員宿舎のてっぺんにスポーツジムを置いて、与野党の議員が運動しながら、非公式なコミュニケーションができるなら、議場外で、国の将来を本音で自由に議論する場ができるのでは、と想像をたくましくする。そうなら、スポーツジムだけでなく、一杯のむところも必要かな‥‥。てなことになるなら、豪華な建て替えに国家予算を投入する意義があるかもしれない。

 ところで、格差問題は国会だけでなく、酒の場でも格好の話題だ。以下、飲み屋談義。

 最低賃金の引き上げがよくないと思う人はいまい。中小企業団体は経営への悪影響を懸念して、最小限の引き上げにとどめるよう求めている。また、非正規雇用を正規化すべきだという空気が強まっている。実際に大量に正社員化した企業がいくつもある。企業はもうかっているのだから、利潤を賃金引き上げに回すべきだ、そうすれば消費も増える、というマクロ経済からの指摘もある。

 一方、世界的には、法人税率を引き下げるという流れが存在する。日本は遅れているが、法人税率引き下げ以外に、さまざまな便宜を供与して、有力な大企業を誘致する競争が世界的に進んでいるのである。現に、最近、日本のある半導体メーカーは日本での立地ではなく、台湾に工場を建設することを決めた。

 つまり、いまや、企業は、日本に拠点を置くよりも、よその国・地域のほうが総合的に判断して有利なら、そっちに行ってしまう。グローバル化を前提とするなら、日本国内の論理だけで企業に強引なことを押し付けると、企業は日本から出ていってしまう、つまり雇用・仕事がなくなるおそれがある。格差の是正を求めるのは正しいが、是正の内容いかんでは、企業は脱・日本になりかねない。そういう意見も出る。

 さらに、企業が企業買収を含め、日本に直接投資する魅力は何か、その要素の1つである人材育成・教育のありかたはどうあるべきか、に議論が発展することもある。

 また、格差論議はグローバル化に原因があるとして、米国が主導するグローバル化を阻止しなければならない、と主張する人もいる。日本は安全保障も経済も米国の言うがままになっている、これではいけない、ともいう。グローバル化は定義にもよるが、日本人にとってプラスもマイナスもある。グローバル化を全面的にストップしたら、貿易で生きてきた私たち日本人は鎖国状態に戻らねばならない。それは悲惨な事態である。

 グローバル化の欠陥を改める観点から、短期マネーの移動を抑制するため、トービン税を課すべきだという意見を唱えるNPOもある。いや、それは実現が難しいという意見も‥‥。

 飲み屋談義は果てしない。だが、国会議員には、こうした談義に含まれている本質的な問題を徹底的に議論して、国民の未来を明るいものにしてもらいたいのである。 

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2007年2月25日 (日)

株式上場の意味をとらえなおす

 日本生命が保険金の支払い漏れの点検に約4千人追加投入すると23日発表した。それまで約1200人が作業にあたっていたとのこと。4千人というのは内勤社員のおよそ4割に相当するそうだから、通常業務は後回しにしてもという態勢である。同社にとっては非常事態ということだ。

 金融庁が4月13日までに報告するよう生保各社に命令を発したのに対応した措置。生保、損保の業界のいずれも、顧客第一というよりも顧客獲得第一という、従来の会社本位のビジネスのありかたを根本から見直すよう政府から迫られているということだろう。社会保険庁がひどかったのと共通するのは、保険が一般の人々にわかりにくいという点である。いい加減な仕事で加入者に損失をもたらしても、露顕しにくい。

 一方、金融界には、金融庁が過剰に規制をしているという批判がある。銀行や保険会社だけでなく、株式を公開している企業の情報開示等に対しても、金融庁の一方的な判断を押し付けているともいう。その当否はさておき、政府の厳しい規制で、経営に大きなコスト負担がかかるのは間違いない。ある大手損保によると、「ものすごくコストがかかるようになる。それはお客さんの負担になる」と指摘している。

 日本版SOX法といわれる、金融商品取引法(06年6月成立)と会社法(05年6月成立)とにより、上場企業等は財務報告の適正化と、それを保証する経営の内部統制(ガバナンス)を確立しなければならない。銀行だと、さらに不正マネーをきちんとチェックできる内部システムを整備しなければならない。

 こうしたガバナンスを徹底するとなると、人、システム等に巨額の投資や経費がかかる。“言い出しっぺ”とも言うべき米国では、SOX(サーベンス・オックスレイ)法、即ち企業改革法の導入で、米国の企業のコストがかなり高くなって国際競争力が低下したという反省が最近生じている。

 日本の企業は現在、日本版SOX法を遵守するために沢山の人とカネを投じている。そして、米国内での反省機運と似た、行き過ぎへの不満が聞こえてくる。

 すでに、一部でひそかにささやかれているのは、「株式上場はしないほうがいいのではないか」という意見だ。昨年あたりから、MBO(経営者が株式を取得して非公開会社になる)などのやりかたで非上場会社化する企業がちらほら出てきたのも、そうした考え方が影響しているのではないか。企業買収の対象にならないですむように、という思惑で非上場化したところもあるだろう。

 株式公開のメリットはいろいろいわれてきた。出光興産のように長年、非公開の会社が株式上場(06年10月)に踏み切った例もある。格付けが「投機的水準」に下がり、借り入れが厳しくなったからだ。しかし、サントリー、竹中工務店などを見ていると、公開と非公開のどちらがいいか、一概に言えない。ただ、公開のメリット、デメリットと非公開のメリット、デメリットを比べたとき、日本型経営の企業が公開へと踏み切るインセンティブが以前ほどではなくなったように思える。

 2年以上前のことだが、金融界のあるトップは「上場していても、資金調達は株主の反対で思うようにできない。これでは上場している意味がない。さりとて株主が何万人と多数だから、上場廃止することもできない」と語ったことがある。グローバル化した今日、個々の企業も、株式公開の意味を多面的にとらえなおすことが必要ではなかろうか。 

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2007年1月25日 (木)

「竹中平蔵大臣」5年間の苦闘に敬意

 小泉政権下、経済財政諮問会議が日本の構造改革をリードした。それを担ったのが竹中平蔵経済財政担当大臣だった。郵政民営化担当相などもやった。その竹中氏が書いた『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(06年12月20日、日本経済新聞社)を読んだ。近来、これほど引き込まれたノンフィクションはない。

 大学教授からいきなり大臣に就任し、小泉首相の経済政策を一手に引き受けたような形で奮戦した竹中氏に対して、当初から、与党である自民党、霞が関の官僚、既得権益層のほとんどが批判的な姿勢だった。メディアも冷たかった。

 小泉首相もメディアに叩かれたが、竹中氏に対するメディアの攻撃ははるかに激しかった。それをものともせず、5年間フルに疾走した竹中氏の使命感と戦略、実行力はすごいのひとことに尽きる。凡百の政治家は彼の爪の垢を煎じて飲んだらいいと思うくらいだ。

 経済財政諮問会議を主宰する大臣として、竹中氏は予算案づくりなど経済政策の決定過程を大きく変えた。また、小泉首相がいのちをかけた郵政民営化実現を中心になって推進した。彼がかくあるべきだと考える経済政策を実行し、日本を変えようとした。当然、抵抗、反対する勢力が圧倒的に多い。その中で、われ行かんと、たじろがなかった。そのすさまじいエネルギーに驚嘆する。

 諮問会議のために、彼は独自に信頼できるスタッフで非公式な「チーム竹中」をつくり、予め政策に関する作戦会議を行い、そのうえで4人の民間議員と十分に事前の議論をし、意見を集約した。そうして十二分に準備を整えたうえで、本番の諮問会議に臨んだ。そこでは民間議員が改革の取り組みかたを示すペーパーを提示し、会議をリードするようにした。小泉首相には予め説明し、要所では首相の裁断を仰ぐようにした。出席している各省大臣は大抵は役所の代弁者にすぎないから、いざ議論となると民間議員たちにかなわない。

 普通の審議会方式だと、官僚は自分たちに都合がいいような文書をつくるので、改革は中途半端に終わる。郵政民営化にあたって、竹中氏は「政策については細部を官僚に任せることなくしっかりと制度設計をしなければ成果は挙げられない」、「戦略は細部に宿る」(139p)として、最初から最後まで官僚任せにしないようにした。そこはまさに改革を進める際のキーポイントである。道路公団改革などの失敗は官僚に事務局を任せたため、起こるべくして起きた。

  竹中流諮問会議のような政策決定のやりかたによって、いくつか画期的な変化が起きた。まず、官僚の縦割りの弊害を乗り越えて、経済に関するあらゆる政策を諮問会議が取り上げることができるようになった。また、予算、税制などの財政運営とマクロ経済の現状・展望とを結びつけて考えるようになった。さらに、時間軸を入れて政策を実現するための「工程表」づくりの導入である。

 諮問会議の議論の内容はその日の記者会見などで知ることができるが、詳しい議事要旨は3日ぐらいあとに公開される。大臣たちが参加する会議で、どんな問題がどのように議論されたかが明らかにされたのは当時、画期的だった。不勉強な大臣、役人の振り付け通りに発言する大臣は議事要旨を読むとわかる。この政策決定過程の情報公開は諮問会議の評価を高めた。そして、その後、各省の情報公開を促したのではないか。

 竹中氏は小泉首相がいて腕を振るうことができた。稀有のコンビが奇跡的に古い自民党を変えつつ、改革を進めた。このコンビがいなくなったいま、政府系金融機関の民営化実施などで、官僚の巻き返しがうかがえる。安倍内閣は構造改革を引き継ぐというが、真の改革を実現するため、本書から多くの教訓を汲み取ってほしいものである。 

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2007年1月16日 (火)

日銀の金融政策をめぐる報道のあり方

 日銀が政策金利の誘導目標を引き上げるのか。17、18日に日銀が開く金融政策決定会合のゆくえが注目されている。

 新聞を読んでいると、日銀の政策委員の多くが引き上げに賛成しているように受け取れる。それに対して、安倍首相の有力な支持者である中川自民党幹事長が、デフレから脱し切れていないとして引き上げ反対を表明。日銀が利上げしようとした場合には、政府として議決延期請求権を行使すべきだと述べた。中川政調会長も同様な意見を述べている。

 新聞などのメディアにしてみれば、日銀と政府・自民党が対立すればおもしろいということだろう。利上げに反対する政府・与党の声が大きいほどニュース・バリューも高まるという取り上げ方のように思える。

 しかし、この問題で、新聞などに取り上げてもらいたいのは、利上げしないままだと、どういう問題が出てくるのか。利上げしたら、そのメリットは何か、デメリットは何か。そうした点についての専門家の意見の紹介や、論争である。

 庶民の感覚からすれば、いろいろな疑問がある。こんなに長く景気上昇局面(ゆっくりとしたペースとはいえ)が続いているのに、なお歴史的な超低金利政策を続けるのはなぜなのか。デフレから脱却していないというが、物価が上がらないのは、グローバルな市場経済競争のせいではないか。消費が弱いのは確かだが、金利が上がれば、預貯金金利も上がって消費を増やすのではないか。超低金利で円安が進めば、輸出業界には好都合だが、輸入品の値上がりは庶民の消費生活を圧迫するのではないか。超低金利の円マネーを調達して運用する国際的な投機が行き過ぎているのではないか、等々。

 経済政策は一面的な見方で決めては困る。政治的な力関係で決めるようなことは最悪だ。多角的に検討して、国民生活の向上、安定に役立つ金融政策が何かを、読者にわかるような紙面づくりを新聞はしてほしい。  

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2006年12月26日 (火)

新「会社法」への疑問

 会社法を大学で講義している教授からいただいたクリスマス・カードに「新会社法はいかがなものか、教えながら疑問が生じます」と記してある。

 ことし5月に施行された会社法。商法から独立した法律となっただけでなく、機関設計、資金調達、組織再編などで内容が大きく変わった。政省令にゆだねた部分が多く、全体を把握し、理解することは専門家でも難しいといわれる。

 この新しい会社法で、私が一番、疑問を感じるのは、最低資本金制度を廃止し、設立時の資本金はゼロ円でもよいことにした点だ。法改正は起業しやすくするためだというが、資本金の持つ債権者保護の観点を不要としていいのか。

 この問題をどう考えるかについて、奥村宏著『株式会社に社会的責任はあるか』(2006年6月刊、岩波書店)はとても参考になる。

 近代的な株式会社制度が確立する法律が制定される過程での「(ジョン・スチュワート)ミルの主張は、資本金が実際に払い込まれ、その後もそれが維持されていること、そしてこのことが誰の目にも見えるような状態にしておくこと、この二つを条件として全社員有限責任の株式会社を認めてもよいのではないかというものである。」(42~43p)、「いずれにせよ、資本は充実しており、資本額を超えた債務をもつべきではないというのが株式会社を認める前提であった。」(43p)

 「株式会社が全株主有限責任であるためには資本金が担保になるということであり、従って資本金を上回る借入金をするということはそもそも株式会社の原理に反することである。」(174p)

 かつて法務省で会社法の立法作業にたずさわった稲葉威雄氏が著した『会社法の基本を問う』(2006年9月刊、中央経済社)は、新「会社法」を「極めて欠陥が多い立法」だとして問題点をえぐっている。その中で、「相当の資本の提供なしで(その場合には、会社の資金は債権者からの信用供与に依存せざるをえない)、株主有限責任の会社による創業を認めるのは、債権者との利益衡量でいえば、掛金なしでの賭博を認めるようなものともいえる。」(93p)

 そして、「会社はだれのものか、という議論からすれば、株主が自己の財産をほとんど拠出していない株式会社で、その支配権を大威張りで主張できるかどうかは、きわめて疑問である。」(94p)と述べている。

 こうした有限責任の株式会社の基本に関わる資本(金)のありかたについての議論が、法改正の作業の過程でどれだけ行われたのか。改めて知りたいところだ。

 ところで、『株式会社に社会的責任はあるか』は社会的責任の観点で多くの示唆を与えてくれた。

 個人なら、違法行為で刑罰をくらうし、刑務所に入ることがある。しかし、日本では「法人である会社には刑事上の責任はないということになっている。」(96p)。法人はどんなに悪いことをしても、法人そのものが刑務所に服役することはないのである。また、自分のカネをもとに行う個人事業は慎重に考慮して行うが、法人の株式会社では経営者は自分個人のカネを使うわけではないから会社のカネの使い方について慎重な顧慮が欠ける。

 したがって、「法人、とりわけ営利法人としての株式会社は利益追求のための組織だから、罰金刑と利益額とを比較計算して行動するのが合理的である。」(115p)

 しかし、経営者は善管注意義務と忠実義務に違反しない限り、法人の違法行為に対する責任を問われない。「日本は取締役や監査役が訴訟を起されるケースが少なく、またその刑罰も非常に軽い。まさに日本は「経営者天国」である。」(142p)。

 とはいえ、「会社が何かを決定するという場合は、会社の代表者である自然人=個人が決定している。」、「したがって会社が犯した犯罪についても経営者が責任をとるべきではないか。」(122p)という。

 最近の企業の不祥事を私たちがどう考えるか、に対して本書はとても参考になる。

 

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2006年10月30日 (月)

下村理論の理解の仕方

 10月30日の日本経済新聞は一面を大きくつぶして「成長を考える」の新企画をスタートした。これからの日本経済は香西泰氏の言う「少しでも高い成長を目指す以外に選択肢はない」というスタンスで続けられるシリーズのようだ。

 その記事に「安定か成長か。実は半世紀前にもこんな論争があった。」として、所得倍増論の源流となった下村治氏の主張を「技術革新などで潜在力を引き出せば飛躍的経済成長が可能」と紹介している。

 しかし、日経の記事には取り上げていないが、下村氏は石油ショックのあと、世界的な石油供給の制約により、日本は1~2%の経済成長にとどまるという「ゼロ成長論」を唱えた。いま、その下村氏の「ゼロ成長論」を、堀内行蔵法政大学人間環境学部教授は「持続可能な発展論」と結び付けて、「21世紀の定常状態の経済」を含意するようになったと評価している(10月20日の「ゼロエミッションシンポジウム2006」の講演)。ゼロ成長論は下村氏の死後に出てきた地球環境問題によって、その意義が高まったということだろう。

 堀内教授によれば、石油ショック以降の日本経済は集中豪雨的な輸出や公共事業の拡大など、持続不可能な要因で成長してきた。だが、下村氏は均衡のとれた経済が望ましいとして、イノベーション、均衡と節度の3つをキーワードとして重視した。同教授は「節度は、ゼロ成長が安定し均衡するための条件(全体のために自分を抑制すること)」として、具体的には、労組は賃上げ要求を抑制すべき、企業はイノベーションを省エネ・環境保全に注力すべきで、省力化・能力拡大は抑制すべき、政府は財政節度を維持すべき、銀行は金融節度を保持すべき、と例示している。

 下村氏がゼロ成長論を唱えても無視された理由の1つは、企業経営者がまともにそれを受け止めなかったからだという。しかし、同教授は、環境経営の進展、CSR、ステークホルダー論などにみられるように、企業は「持続可能な発展」を目的とする理念重視の経営に変わるととらえている。

 環境問題等を踏まえると、私も定常状態の経済に移行することが望ましいと思う。だが、どうやって実現するか。その具体策をめぐる議論は学界でも全くない。それに、日本の財政赤字の累積が、定常状態の経済を実現する際に大きな障害となるように思える。さりとて、地球温暖化対策への取り組みが不十分なまま、経済成長にもっぱら焦点を当てるのもよろしくない。

 メディアにとって「主張」は大事だが、できるだけ読者・市民の多様な意見を汲み上げ、公正に議論して方向を見出す場の提供にも心掛けてほしいものである。

 

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